禁猟区のアリス


興味なさげに、ウサギが答えた。


「パパに殺されたことが、わたしの罪なんですか?」

声がかすれる。


「それとこれとは、少し違う。いや、同じか?でも、違う」


鳥かごの中では、色とりどりの熱帯魚が長いヒレを美しくたゆたわせて、たぐいまれな美声で唄を歌う。それは黒猫の奏でる音楽とは、微妙にずれた旋律だ。

小さな違いは、無意識の違和感となり、不協和音を奏で始める。


「アリス、君の死因はデキシだ。死んだ時7歳だった君の体重は、3歳児程度だった。体中を埋め尽くす、アザとヤケドの痕。わき腹にはハートのカタチにタバコの火が押し付けられていたよ。アリス。君のパパかママが、ハートのカタチになるように、何度も何度も君のカラダを焼いたんだ」


覚えている。それは、ママのオトモダチがやったんだ。だって、新しいパパは、タバコを吸わないから。

ママに「愛してる」って言いながら、わたしのわき腹に消えない焼き印を捺したのは、ママのオトモダチだ。

痛いと泣くとママはわたしを叩いた。

せっかくのアイのアカシを台無しにする気か、とヒステリックに叫んだ。

オトモダチがママへの愛を証明するために、わたしのカラダにハートの模様を焼き付けた。わたしの痛みなんて知らない笑顔で。


水槽の小鳥たちはみんな寒そうに膨らんで、寄り添い目を閉じている。たまに、クチバシからぷくぷくと小さな空気を吐き出しては、すべてを諦めたように眠りについた。


でも、そのオトモダチが新しいパパになることはなかった。


わたしのわき腹を見るたび、ママは不機嫌になり、わたしを殴る。

「君の死後、アリス。胃の内容物の中に紙おむつのカケラがいくつも混じっていたことは?」


「……思い出したくない」

「そう」


熱帯魚の歌声と、黒猫のピアノ。ひび割れた不協和音はだんだん、広く、深く。


「思い出したくないなら、構わない。僕も全部が知りたいわけじゃない」

ウサギはパーカーのそでをまくって、パチパチとまばらな拍手をした。


黒猫は制服のスカートをふんわり揺らして、満足そうにお辞儀をした。
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