禁猟区のアリス
9
「へたくそ」
通り過ぎる間際、ウサギが黒猫に悪態をついた。
「あんたよりはマシよ」
黒猫が一瞬顔をしかめてから、ウサギの隣に座った。
「サボってないで仕事をしろよ」
「あら。じゃあもう一曲弾こうかしら」
黒猫が答えると、ウサギは肩をすくめた。
「その前に、アリスに紅茶のおかわりだろ。もう飲み終わってるじゃないか。黒猫、君の次のセリフは、新しい紅茶はいかがですか?だ」
ウサギがわたしのカップを指さした。ウサギの言うとおり、わたしのカップはいつの間にか空になっていた。
角砂糖ひとつはパパの紅茶。
香りの良いその飲み物を、わたしは飲んだことがない。でもカップの中には、何も入っていない。
黒猫は黙って空のカップを銀のお盆に乗せた。
ウサギを見ることもなく、無言。
ウサギは長い黒髪の後ろ姿を見送って、やれやれと呟いた。
「あの紅茶……」
それが不思議だった。指先は、まだ冷たい。足は、氷の上を歩いているみたいだ。
「君が飲んだんだろう」
一呼吸置いて、ウサギが言った。
「だって君はいつも、紅茶には角砂糖をひとつだったじゃないか」
違う。紅茶に角砂糖を入れるのは、パパだけだ。
ママはレモンティー。カルナは甘いミルクティー。
わたしはそのどれも、飲んだことがない。
あの楽しそうなおやつの時間を思い出して、お腹がぐぅっと音を立てた。卑しい顔をするなと怒る、パパの声が聞こえた気がした。
食べたら、いけない。
わたしはとっさにお腹を押さえて前屈みのまま、おそるおそるウサギを見上げた。
ウサギは、やたら大きなサンドイッチの乗った皿に視線を向けて、「食べたければどうぞ」と言った。
「僕は、ティータイムには薄いキュウリのサンドイッチしか認めないけど」
そう言われてわたしは、伸ばしかけた手を止めた。
「へたくそ」
通り過ぎる間際、ウサギが黒猫に悪態をついた。
「あんたよりはマシよ」
黒猫が一瞬顔をしかめてから、ウサギの隣に座った。
「サボってないで仕事をしろよ」
「あら。じゃあもう一曲弾こうかしら」
黒猫が答えると、ウサギは肩をすくめた。
「その前に、アリスに紅茶のおかわりだろ。もう飲み終わってるじゃないか。黒猫、君の次のセリフは、新しい紅茶はいかがですか?だ」
ウサギがわたしのカップを指さした。ウサギの言うとおり、わたしのカップはいつの間にか空になっていた。
角砂糖ひとつはパパの紅茶。
香りの良いその飲み物を、わたしは飲んだことがない。でもカップの中には、何も入っていない。
黒猫は黙って空のカップを銀のお盆に乗せた。
ウサギを見ることもなく、無言。
ウサギは長い黒髪の後ろ姿を見送って、やれやれと呟いた。
「あの紅茶……」
それが不思議だった。指先は、まだ冷たい。足は、氷の上を歩いているみたいだ。
「君が飲んだんだろう」
一呼吸置いて、ウサギが言った。
「だって君はいつも、紅茶には角砂糖をひとつだったじゃないか」
違う。紅茶に角砂糖を入れるのは、パパだけだ。
ママはレモンティー。カルナは甘いミルクティー。
わたしはそのどれも、飲んだことがない。
あの楽しそうなおやつの時間を思い出して、お腹がぐぅっと音を立てた。卑しい顔をするなと怒る、パパの声が聞こえた気がした。
食べたら、いけない。
わたしはとっさにお腹を押さえて前屈みのまま、おそるおそるウサギを見上げた。
ウサギは、やたら大きなサンドイッチの乗った皿に視線を向けて、「食べたければどうぞ」と言った。
「僕は、ティータイムには薄いキュウリのサンドイッチしか認めないけど」
そう言われてわたしは、伸ばしかけた手を止めた。