もうそばにいるのはやめました。
「実は親に連れられて、八文字家が世話になってる財閥の家になん件か行ったんす。挨拶程度でしたけど皆いい方でした」
「なら……」
「でも無理だったっす。まったく心が動かなかった。むしろ姫に会いたい気持ちが大きくなってたんす」
「ハルくん……」
「やっぱり僕は姫じゃなきゃ意味がないんす」
ローテーブルをはさんで向かい合って座ってるハルくんは、テーブルをドンッ!とたたいて前のめりになった。
迫力ある声音とは裏腹に、表情はひどく苦しそう。
「で、でも……今ウチに執事をやとえるお金はないし……」
「お金なんかいらないっす!ただ姫のそばにいられたら、それだけで僕は……!」
――そばにいたい。
わたしにも、いるよ。
脳裏を占めるのは、どうしたって好きな人。
円の顔。
そばにいてほしいのは
そばにいたいと望むのは
やっぱり、まだ、円なんだ。
どうして円じゃなきゃだめなんだろう。
あきらめようと頑張っても、どんどん好きになる。
『俺が恋人のフリをやる』
「好き」を傷つけられたのに、「嫌い」にはならない。
……なれたら楽だったのに。
「ひ、め……?」
「え?」
「なんで泣いてるんすか」
「あ……っ、あれ?どうしたんだろ……。お、おかしいな。あは……っ……ごめん、ね」
さっき引き締めた涙腺が、再度ゆるんだ。
笑ってみたらまたひと粒あふれた。
ハルくんがうろたえながら親指でそうっと目元をなぞる。
「姫……。姫は誰を想って泣いてるんすか……?」
なぜかハルくんも泣きそうになっていた。