もうそばにいるのはやめました。



「円?」


「……なんでもねぇ」



なんでもないって顔じゃなかったような……。



「そのケーキはあとで食べようぜ」


「うん!」



袋ごとあずかった円は「先に俺の部屋に行ってろ」とうながすと、キッチンのほうへ向かった。


指示されたとおり、円の部屋に行く。



「お、おじゃましまーす……」



木製の扉を開ければ、円の匂いが漂う。


白と青を基調とした部屋。

整理整頓されていてきれい。


同居中でさえこの部屋にはあまり入ったことがない。


こんなふうにちゃんと入ったのは2回目。



「……あ、バイオリンだ」



こんにちは、円のバイオリンさん。

また会えたね。


音楽に関する本やCDの並ぶ棚の上に、丁重に置かれたバイオリン。



カーテン越しに照らす光が、バイオリンの上をすべる。


まるで挨拶を返してくれたみたい。



「座っててよかったのに」



ケーキを冷蔵庫にしまってきた円もこの部屋にやってきた。



「バイオリンに夢中になっちゃってた」


「……いいバイオリンだろ、それ」



大きくうなずけば、自慢げに微笑まれた。


円の宝物をエンディングのステージで弾かせてもらえたのはきちょうな経験だったなぁ。


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