もうそばにいるのはやめました。


日を浴びたバイオリンを手にした円の姿勢がぴんと張る。


顔つきも雰囲気も、変わった。



ごくりと息を呑むわたしを一瞬横目に捉えた

5秒後


バイオリンが歌った。



あ……この曲。

パッヘルベルの「カノン」だ。



相変わらずきれいな音。


壁をへだてて聴いていたときよりずっと鮮明に耳に残る。


こもれびに照れされるように
水たまりに雫がしたたるように


無垢な音色が心に沁みわたる。



やっぱり好きだなぁ。


円の音をずっと聴いていたい。




最後の一音が静寂にじんわりなじんでいく。


パチパチと拍手をした。



「すっっごくよかった!!」



語彙力が追いつかない。


ちがうんだよ。

本当は「よかった」なんて当たりさわりない言葉じゃ表し足りない。


どうしたら伝わるだろう。




「……寧音のほうがうまいだろ」


「ううん!円のほうが上手!」


「それはありえねぇ」


「ありえるの!」


「絶対ない!寧音の音のがきれいだ!!」


「円の音こそきれいだよ!!」




お互い一歩もゆずらない。

意地になって食い下がる。


じっとにらみ合って……同時にふきだした。


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