もうそばにいるのはやめました。
「俺、さ……」
円の心臓、ドクドク鳴ってる。
聞くのが怖い。
「昨日父さんに……一緒に住まないかって、誘われたんだ」
「え……」
一緒に、って……。
「相松さんが、今、住んでるところってたしか……」
「……イギリス」
遠い。
どれくらいの距離か、すぐに例えられないほど遠すぎる。
こんなふうに手をつなげなくなる。
抱きしめることもできない。
またそばにいるのをやめなくちゃいけないの?
「それで、俺……」
「……やだ、よ……」
「……寧音、」
「行かないで、円……っ」
だめ。ちがう。
そうじゃない。
円と相松さんがやっとすれ違いに気づいたのに、わたしが引き裂いちゃいけない。
家族がそばにいるよろこびも、家族がそばにいない寂しさも知ってるんだから。
だから今からでも言ってあげなきゃ。
よかったね。
わたしは大丈夫だから。
そう背中を押すべきだって頭ではわかってる。
だけど
どうしても
そばにいたい。
「あーあ。泣いたらブスになるっつっただろ」
ポロポロこぼれる涙をひと粒ずつすくっていく。
すくいそこねた不透明な雫が、もらったばかりのマフラーにしみた。
「行かねぇから安心しろ」
「ま、どか……っ」
「大丈夫。寧音のそばにいる」
その「大丈夫」は本来ならわたしのセリフだったのに。
あぁ、またその笑顔。
させているのは、まぎれもなくわたし。
ゆっくりと微妙な距離をなくしていった薄い唇が、わたしの上唇にそうっと触れるとついばむみたいに下唇も合わさる。
なぐさめるような苦しいキス。
ファーストキスってもっと甘いものだと思ってた。