もうそばにいるのはやめました。



「円!」


「ん?」


「あとで一緒に演奏しよ!」



そういえばお互いの音色を聴いたことはあっても、一緒に弾いたことはなかった。


わたしの音と円の音。

奏で合わせたらどんな音になるんだろう。



「荷ほどきが終わったらな」


「うん!」



よーし!急いでダンボール片付けちゃおう!


赤いピアスを光らせながら自分の部屋に戻った円を横目に、作業しやすいようにうねった髪をひとまとめにしてバレッタを留めた。



円からもらったマフラー、それからハルくんからもらったワンピースをそれぞれの置き場所に持っていく。


大切な物は大切に扱う。

いつでも見れる場所に置いた。



元々荷物が少なったこともあり、予想よりもはるかに早く片付いた。


ダンボールをたたんだあと、バイオリンを持ってリビングへ向かう。



円はソファに座ってコーヒーを飲んでいた。



「終わったのか?」


「うん。円も?」


「ああ」



わたしのほうが早いと思ったのに。


コーヒーを飲み終えると、円は自分のバイオリンを手にした。



「弾くんだろ?」



わたしもケースからバイオリンに慎重に触れる。


しっかり手入れの行き届いたバイオリンをかまえた。



演奏曲は――パッヘルベルの「カノン」。



うわ。
音が噛み合わなくてがたがた。


不器用が演奏にも出ちゃってるね。



むっと眉をひそめる円に、思わず笑ってしまった。



「笑うなよ」


「だっておかしいんだもん」


「……もう一回だ」



心を落ち着かせ、もう一度アンサンブル。



弦を震わせて、音を紡ぐ。

それに上乗せするように円の音が鮮やかに重なる。



不意に目が合うと、円はいとおしそうにほころんだ。




<END>

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