もうそばにいるのはやめました。
ステージの中央で一礼すると、優しく微笑んだ。
バイオリンをかまえる。
まだ演奏していないのに、すでに観客の心をつかんでいた。
息を吸うのもためらうほどの静寂の中。
おもむろに弓が弦に触れた。
心地よい静けさを音色が侵食していった。
これは。
この、曲は。
――パッヘルベルの「カノン」。
昔と全然変わってない。
どこまでも広がる音が、軽やかにはずんでは、胸を焦がす。
淡くておだやかで。
それでいて、鮮やかで力強い。
ようやくわかった。
あのときは気づけなかった、この気持ちの名前。
俺は恋していたんだ。
この音色に。
「……そう、か……本当に……」
寧音が、あの子だったんだ。
何度でもこの音に惹かれるのも、寧音にときめいたのも、忘れられなかった初恋がいつまで経っても過去のものにならなかったから。
「……っ、」
視界がかすむ。
あいつのりんかくがぼやけてよく見えない。
つ、と頬に濡れた感触が伝った。
なんで俺、泣いてんだ。
涙を拭う手は震えていた。
……あぁ、きっと、俺はまた恋をしてしまった。