彩りのある場所で、恋を
「そういえば、次の国語の授業ではどんなことをするんですか?」

俺は先生に訪ねる。この前は源氏物語を終えたばかりだ。難しい内容だったけど、玉井先生の解説のおかげで当時の貴族社会がよくわかった。

「次も古典をするつもりです」

「古典?どんなものをするんですか?」

俺が訊ねると、玉井先生の綺麗な桜色の唇が動く。

「白玉か何ぞと人の問ひしき露とこたへて消えなましものを」

先生の口から出た歌に、俺は何の歌か考える。しかし、全く聞き覚えのない歌だ。

「この歌は、伊勢物語の第六段に登場する歌です。私は、この第六段が伊勢物語の中で一番好きなんです」

「どんなお話なんですか?」

玉井先生の好きなものは、全て知りたい。俺はそう思い訊ねる。

「授業の予習ですね」

先生はそう笑って話の内容を教えてくれた。それは、とても儚く美しい恋の物語だった。

身分違いの女性に恋をした男が、思いあまって彼女を盗み出してしまう。男は女をおぶって逃げたものの、歩みはままならない。次第に夜になって雨も降ってしまった。仕方なく、男は女をあばら家の蔵の奥に入れ、自分は戸口に立って一晩中警戒した。しかし、このあばら家には鬼が住んでいて女を一口で食べてしまったーーーという話だ。
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