彩りのある場所で、恋を
「男が女性をおぶって逃げている時、女性は草の上の夜露を見てこう言ったんです。「あれは、なあに?」と。そして、さっき私が言った歌は女性を失った後に男が詠んだものです。意味は、「真珠?あれは、なあに?」とあなたが尋ねた時、「露ですよ」と答え、そのまま我が身も露になって消えてしまえばよかった、こんな悲しい結末になるのならば……」

伊勢物語の第六段は、俗に鬼一口と呼ばれるらしい。悲しくも美しい物語だ。玉井先生が好きになるのもわかる気がする。

「男にとって、女性は生きた宝石のような存在だったんです。そんな彼女を失った男の心は……」

玉井先生は切なげに微笑む。大切な人を失った悲しみは、計り知れない。男は後悔しただろう。女性の質問に答えることができないまま、鬼に食べられてしまったから……。

俺も、後悔はしたくない。この想いが実らないなら尚更……。

「先生」

俺は、先生をまっすぐに見つめる。告白をされたことはある。でも、自分からするのは初めてだ。こんなに緊張するもんなんだな。
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