くちびるが忘れない
静かに開いた自動ドア


音もしなかったのに何故かそちらをむいていて


見ちゃった


なんだろうね…


ビックリし過ぎて動けない


「矢野さん待って」


軽やかなヒールの音で彼に並んだ女性


彼女の顔を覗き込むように何か話している


女性の手は彼のスーツの二の腕辺りに触れていて


矢野将太郎ってあんな表情も出来るんだ


穏やかな自然な笑みで頷いている


初めてみたその表情に何よりショックだったのかも


動けなくなってた私を動かしたのは


一瞬で変わった貴方の表情だった


私の視線に気づいたかのように笑みを残したまま顔を上げて


驚いたような怒ったような表情で


その場に立ち止まった


急に背筋が寒くなって目を伏せる


矢野将太郎


謎だらけの貴方がやっぱりわからない


隣の女性は怪訝な顔でこちらを向く


遠目にも女らしさが感じられる柔らかい雰囲気


フッ…帰ろう


そう思ったら体が自然に動いて


2人に軽く頭を下げてから背を向けていた


潔い足取りで外に出て風の冷たさに驚く


アッ…コート


後日取りに来よう


タクシーに乗って体を沈めそっと目を瞑った


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