くちびるが忘れない
窓の外が暗いと思ったら土砂降りの雨


甲斐さん大丈夫かなぁ


仕事する気分じゃなく雨がガラスを伝うのをずっと眺めてた


哀しい涙に見えるよ


17時17分


甲斐さん遅いね


バタンッ


『甲斐さ…』


心配してたからドアが開いた瞬間彼だと思った


だけど


「ハッ…悪い。彼氏じゃなくて」

『お…帰りなさい。お疲れ様です』


矢野将太郎は雨に濡れたのか


ジャケットを脱ぎながらデスクに歩いてく


不思議と目が奪われる一連の流れるような動き


「…何?」


よっぽど直視してたんだろう


例の冷たい目で見つめ返され


素っ気ない声は煩わしさを表す


『いぇ…すみません』


反射的に謝ってしまった


無造作に椅子にジャケットをかけて


立ったまま身体を傾けてパソコンを触ってる矢野将太郎


まだ仕事するんだ


部内旅行はどうするんだろう


手持ち無沙汰で間が保たずコーヒーを入れに立つ


2つ


私はミルクもシュガーもたっぷりで


彼は濃いブラック


こんな胃に穴が開きそうな液体を飲む人の気が知れない


デスクの端にカップを置くとパッと顔を上げた矢野課長


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