くちびるが忘れない
驚いた顔をしてる


私に冷たさ以外の顔は珍しいね


側で見ると思った以上に雨に濡れてて


前髪から水滴がポタッと落ちて


それをパッと散らす長い指を見て


躯の奥が熱くなる


この感覚


矢野将太郎が魔法をかける一瞬の空気に似てて


クラクラ目眩がしそう


「ありがとう」

『ぃえ…』


プルル♪プルル♪


「はい。海外業務本部。矢野です」


瞬間ほどけるように魔法がとけてハッとして


慌てて自分のデスクに戻る


電話に…助けられた


私は間違いなく現実を忘れてたし


記憶を辿るように矢野将太郎を見てた


甘い記憶


甘くて甘くて…


私には甲斐さんがいるのに


彼氏がいるのに何もないから欲求不満?!


きっとそうだ


顔を上げると電話中の矢野課長と目が合う


ドキッ


何でこっち見てるの?


何でいつもの冷たい目じゃないのよ!


不意に何かに笑いながら前髪をかき混ぜた仕草に


胸がギュッとなって


自分でもよくわからないまま


課長のデスクの横に立っていた


だって3ヶ月も抱かれて気にならない方がおかしいよ


……………言い訳?


わかんない


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