くちびるが忘れない
隣の長身の課長を見上げたら口元だけ歪めた


皮肉な笑顔


「…奈生お願いしますって?」


この人の口から久々にもれた私の名前


ゾクッとした


『大丈夫です。すみません』

「フッ…何が大丈夫?ほらっ乗れ」


開いたEVに背中を押されて乗り込み


階数と閉ボタン押した矢野将太郎を何も言えず見てた


近い…


50cmと離れてない


動いたら触れそうで


息をするのもはばかられた


「…何?」

『えっ…』

「その顔は何?」


顔?


言ってる意味がわからずに動いたのが失敗だった


偶然に手が触れて


ビックリして


身体を過剰に引いてしまう


たぶんそれが引き金


「ハァ?!何それ」


吐き捨てるような言葉


俯く私の耳元…頬…


あっという間に唇を捕らえて離さない


私は溶けるようにその唇に溺れて


堕ちていく


もう…


わからなくていい


熱くて…


冷たくて…


優しくて…


激しくて…


痛いぐらい…


気持ちいい…


この感覚を教えてくれるのは


きっとこの人だけ


私…


このままずっと堕ちていきたい


深く…深く…


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