くちびるが忘れない
「あっ!課長。今から帰るんですか?」

「あぁ~明日顔出すとこあるから」


ジャケットもネクタイも着けず


Yシャツのボタンもいくつか開いたままのラフな姿


いつもキチンとした髪もちょっと乱れてて


さっきの事が一気に蘇ってくる


颯太と話ながら周りの部下に挨拶して


でも私を見る事はなくて


「坂本。俺の同室って…甲斐さんだろ」


えっ!!


「そうですよ。課長が帰られるなら1人貸切だ。いいなぁ」


すれ違う時に一瞬だけ目が合った気がする


動揺しまくってる私を置いて行ってしまう背中


触れたいと思ってしまう


もう一度ギュッとしてほしいって


温もりを感じたいって


魔法のキスを…


「将太郎帰るのか?」


ビクッ!


「…甲斐さん来るの遅いですよ」


現実と向き合わなきゃ


私の彼は甲斐さん


矢野将太郎は…


EVホールからゆっくり歩いてくる笑顔の甲斐さん


その向こうに背中を向ける矢野将太郎


「お待たせ。奈生ちゃん。本当に酔ってるみたいだなぁ」

『…お疲れさまです。大丈夫ですよ☆』


酔いのせいにする事も出来る


だけど…違うって私は知ってる


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