寡黙なダディの秘めない愛情
育己の母、美咲はME(medical engineer)いわゆる臨床工学技師。

八雲メディカルコーポレーションの製品開発室で、ME機器の開発、改良、点検に携わっている才女だ。

父である蓮は美咲と同じ八雲メディカルで働いており、二人は再従兄妹(はとこ)。

育己の曾々祖父さんにあたる人の孫同士。

10歳差の二人だが、蓮の美咲への溺愛と執着は周りも呆れるほどだ。

蓮は、なんと、美咲が生まれたときからずっと彼女を愛しているらしい。

゛いや、らしいではなく、愛しているだ。言葉は正しく使いなさい゛

そんな父の声が聞こえるような気がして、育己は身震いした。

蓮は現在、八雲メディカルの副社長。

美咲の祖父である八雲橋之介が会長を退き、八雲慎太郎が会長に、そのあとは順次繰り上げ人事となり、育己の祖父で、蓮の父である城之内誠也が社長に就任したあとに、副社長に選ばれたのが城之内蓮である。

蓮は美咲といる時か、育己や夏美の関わる場面でしか笑わない。

わざとではなく本心から笑わないらしい・・・ではなく゛笑わない゛。

年を重ねても相変わらずのイケメンのため、他社の女子社員からの捨て身のアプローチもあるようだが、鉄壁の態度で跳ね返す。

同じように美少女風の美咲も、独身と勘違いされて社外を歩けばナンパがあとを絶たない。

そんな美咲を製品開発室に閉じ込め、ホイットニーという見張り番をつけて囲う。

そんな父を、育己は尊敬というよりは鬼畜だなと思うだけだった。

凄いというなら母の美咲の方が凄い。

ホイットニーと共にたくさんの医療機器を手掛け、何とかいう世界的な賞を幾つも取っている。

母のことを考えると、クールな育己の顔も若干は綻ぶ。

そう、なんだかんだ言って、育己はマザコンなのだ。

だから、父である蓮は永遠のライバル。

血が繋がっているという点で、育己と美咲に別れはない。

それくらいしか、蓮に対抗できないのが悔しくて、幼い頃からの育己の悩みだった。

育己は何も書かれていない原稿用紙を見つめながらため息をついた。
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