君がいれば、楽園
「こんばんはー、お待たせしました」

「……〇〇町XX丁目へお願いします」

 夜中でも愛想のいい運転手にアパートの住所を告げ、後部座席の背もたれに寄りかかれば溜息がこぼれた。

 ――ほんと、何やってんだろう……。

 今朝から、いやあの夜からツイてない。
 負のスパイラルにはまっている。
 それぞれの事象に因果関係はないけれど、どう考えても心の動揺が身体機能に影響を及ぼしているとしか思えない。

 もう一度大きな溜息を吐くと、バックミラー越しに運転手と目が合った。

「指の怪我、大丈夫でしたか?」

「え? ええ、まあ、でも……」

 なぜ知っているのだと驚くわたしに、運転手は「さっき、お客さんを病院まで乗せたの、わたしですから」と苦笑した。

「そうでしたか……」

 あまりに焦っていたせいで、まったく覚えていない。

「今夜は、(しば)れますねぇ」

 そうですね、のひと言で会話を打ち切ることもできた。

 元来、わたしは見ず知らずの人とコミュニケーションを取るのが苦手だ。
 暗黙の了解事項が満載の当たり障りのない世間話なんて、とてもハードルが高い。

 でも、車も人もいない冬の道は、黙ってやり過ごすには静かすぎた。

「……そのせいで、転んで足首捻挫しちゃいました」

「それは災難でしたねぇ」

「その上、指落としかけました。かぼちゃのせいで」

 バックミラー越しに、運転手が目を丸くするのが見えた。

「それは……大変でしたね」

「今日は、朝からツイてなかったんです」

「そういう日もありますよ」

「どれくらいツイてなかったかというと、アラームが鳴らなかった……いえ、知らない間に止められていたんです」

 正確に言えば、アラームは鳴っていた。

 会社で、昼休みにスマホを確かめたところ、彼――冬麻が、自らの安眠のためにスヌーズを解除したのではないかという疑惑が浮上した。

「それ、確信犯ですね」

「そうですよね? そう思いますよねっ!? しかも……」

 話し始めると、止まらなくなった。
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