君がいれば、楽園
 ひと通り、冬麻の浮気現場を目撃して以来の出来事を話して聞かせると、運転手はにやりと笑った。

「いやあ……彼氏さん、幸せですねぇ。そんなに愛されていて」

「……は? 愛? いえ、あの、もう彼とは終わってるんですけど」

「お客さんのような美人の恋人がいて、浮気しますかねぇ? 誤解じゃないんですか? それに、もし本当に浮気していたとしても、四年も付き合っておいて、お客さんのほうが遊びってことはないと思いますよ。そんなに演技力ある彼氏なんですか?」

「いえ、ないと思いますけど。でも、わたし……気が利かない性質だし、女子力がとっても低いんです……。料理も苦手で……だから、指詰めかけたんですけど」

「苦手でも、がんばろうと思うのは愛があるからでしょう? うちのカミさんも新婚当時は料理がてんで駄目でしてねぇ。魚をさばこうとして吐いちゃうくらいで。『目が合っちゃったの!』なんて言って泣き出して……ああ、あの頃はかわいかったなぁ」

 いったい、どこのお嬢さまでしょうか。とツッコミたくなるのを堪える。

「いまじゃ、わたしと目が合うと『なに、ジロジロ見てんのよ?』と言うくらい強く、たくましくなっちゃいましたけれど」

「それは……」

 ご愁傷様と言うのも憚られる。口ごもったわたしに、運転手は苦笑した。

「それでも、リストラされて、借金作って、満足な稼ぎもないわたしを捨てずについてきてくれるんだから、世界一のカミさんです」
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