君がいれば、楽園
 いつもなら、赤の他人の話で心が動かされることなんかないのに、うっかり涙腺が緩みかける。

「素敵な……ご夫婦ですね」

「まあ、この年ですからね。カミさんは、もう『情』しかないのかもしれませんが、わたしには『愛』がありますから。ちょうどいんです。どちらか片方だけじゃあ上手くいきませんからね」

 ベタな展開に、気恥ずかしくなった。

 自分が、映画とかドラマとかでしか起きないはずの「人生相談 in タクシー」をするような人間だとは思わなかった。

 実は、どこかに小型カメラでも仕掛けてあるのでは……と思いながら、窓の外にぽつりと浮かぶ見慣れた看板を見つける。

 今夜は休みだろうと思っていた店の看板に、灯りが点いていた。

 アパートはもうすぐ、目と鼻の先。

 でも、冷えた部屋にまっすぐ帰る気になれなかった。

「あの、ここで……そこの店の前で降ろしてもらえますか?」

「え? ここで? でも、足を怪我しているんならアパートの前まで行ったほうが……」

 親切にも心配してくれる運転手に、大丈夫だと笑って見せる。

「そこのお店、弟がやっているんです」
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