君がいれば、楽園
 大きな手に握られた白いボディのスマホは、彼のプライベート用だ。
 親しい相手なのか、時折低い笑い声を上げている。

「え? いや、そういう話にはなってないよ。うん、ちゃんと考えてる……俺も会って話したい」

 わたしに気づいた彼は、微かに目を見開き、くるりと背を向けた。

「ああ、うん、大丈夫……でも、その日はちょっとな………………わかった。訊いてみる」

 電話を終えた彼は、玄関に向かうわたしを追いかけてきた。

「夏加! スマホ忘れてる。鍵は? 夏加、冷え症なんだから手袋していったほうがいい。ほら、マフラーも……」

 首にマフラーを巻かれ、完全防備で玄関を出ようとした背に、「あのさ、夏加」と彼が呼びかけた。

「なに?」

「今年のクリスマスなんだけど、仕事が入りそうなんだ。二十三日の夜なら、ちょっと遅くなるけれど何とかなりそうだから、予定ズラしてもいい?」

 わたしと彼は、付き合い始めてから毎年、クリスマスイブを一緒に過ごしてきた。

 どこかのレストランを予約して、豪華なディナーを食べるのではなく、わたしの部屋で、クリスマス料理とお酒を楽しみ、ちょっとしたプレゼントを贈り合うささやかなものだ。

 わたしにとって、クリスマスイブは特別なものだけれど、彼にとっては世間一般の『クリスマスイブ』以上の意味はない。

 わたしが、ちょっとがっかりするだけのこと。
 予定をズラしたところで、なんの問題もない。
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