あのときの月たち
目をつぶって
彼のことを考える。
貸してもらった上着から香る彼の匂い。
抱き締めてくれた腕の強さ。
どうやったって、うまくまとまらない
くしゃっとした髪。
目を開ける。
日曜日の夜、
隣で一緒にテレビを見ている夫は
わたしが涙を流しているのを見て
なにも言わずに涙を拭ってくれる。
頭をなでて、
わたしが泣いていたのを忘れたように
他愛もない話をする。
大して面白くないその話を
わたしが笑わずに聞いても
夫はなにも言わない。
夫は気づいているのだろうか。
わたしに忘れられない人が
いるということを。
もう結婚して5年だというのに
彼のことを忘れられずにいることを。