Ⓒランページ
だから電車でもキミは立った。席が空いているにもかかわらず、キミは座ろうとしなかった。
僕にはキミの思惑が十分わかっている。キミは誰かに席を譲ることが嫌いなんだ。それは席を明け渡すことではなく、「よかったら座ってください」、「ありがとうね」のやりとりが嫌いなんだ。だから、それをしなくてもいいように始めから席には座らない。断られるのが恥ずかしいんだろう。でもそう聞くとキミはこう答える。
「そうじゃなくて、すぐ着くから立ってるだけ」
そんな見え透いた嘘を心の中に持っているキミは、大手町駅で降り、丸ノ内線に乗り換えた。池袋行きの赤い電車。この車両は少し空いていたから、キミは座った。でも席を譲る場面のことももちろんシミュレーションしている。大方、イヤホンをして、寝たフリをして乗り切ろうと考えていたのだろう。わかりやすい。キミほどわかりやすい人間はごまんといる。
だからあえて言うけど、キミは特別なんかじゃない。キミは僕と出会ったことで、それを特別な出来事のように思っているかもしれないけど、そうじゃないんだ。必然。これはすべて必然なんだよ。僕はあんなことをしたのがキミじゃなくても同じことをした。同じ痛い目に遭わせた。それをしたのがキミだったってだけなんだ。キミは何にも特別なんかじゃない。