Ⓒランページ
男の対面に座ったキミはスマホを開き、時刻を確認した。
「ごめんね。少し遅れて」
「ああ、いいよ。大丈夫。今仕事してたんだ」
「仕事?」とキミは顔を上げた。男と目が合って、慌てて目を逸らした。
「そう仕事。小さな出版社から電子書籍の執筆の依頼が来てね。それを今書いてたところなんだ」
「そうだったの? ごめんね。忙しいのに……」
「いやいや、全然大丈夫。まだ締め切りまで余裕あるから。それより何か頼む?」
キミは男からメニューを受け取り、ロイヤルミルクティーを注文した。男もついでに同じものを注文して、それから男はワードプロセッサーを閉じた。
「パソコン……にしては小さいね」
「ワープロみたいなもんだよ」
「ワープロ?」
「文書を作るのに特化したものだよ。ネットが繋がってないからLINEとか来ない。集中できるんだ。特にこういう出先ではスペースもとらないし、おまけに電池で動くからコンセントの心配もいらない」
「そんなのがあるんだ」
キミはすっかり感心しきっていた。彼のワードプロセッサーの周りにはメモがあって、殴り書きで何やら文字や絵が書いてあった。きっと小説を書くのに必要な設計図みたいなものだろうとキミは思った。住む世界が違うというか、それはまあ東京という大都会に降り立った時から感じていたことで、自分の住んでいる街にはとてもありそうにない夢や希望が確かにあった。もちろん、それとはまた別の何かとてつもない大きなものがあって、押しつぶされそうになるんだろうけど、生活にメリハリのようなものがあって、そこにキミは惹かれた。