Ⓒランページ
ロイヤルミルクティーを飲み終わって、男は「どこか行きたいところはない?」と聞いた。
「うーん、特にはないかな」
「なら、何かしたいこととかは?」
「それもないかな」
こう言えばキミは男が困ることを知っていた。でもキミ自身も困っていた。キミの目的はこうして男と会うことで、それはもう達成されたのだ。これ以上望むことなんかあるだろうか、いやない。キミは男に会えればそれでよかった。だから当然、その後のことなんか何一つ考えていないまま喫茶店ルノアールまで来た。
ただ、さっき思いついたことはしっかりと折りたたんで、心の引き出しに仕舞った。
「お腹空かない?」
時刻はちょうどお昼時で、キミは「うん、ちょっと」と思い出したように言った。
「なら、食べたいものとかは?」
「食べたいもの。うーん、何でもいいよ」
「それ、一番困るんだけどな」
男は苦笑いで言った。キミは内心すごく焦って、何か食べたいものを必死に探そうとした。しかし、思いつかない。と言うか、本当になんでもよかったのだ。男と一緒ならなんでもいい。それが恋なのだと何となくだけど思った。
「じゃあ、江戸川区まで行く? どうせ帰り道だろうし」
「え? いいよ。遠いし」
「いや、いいよ。電車ならすぐだから。それに俺、あっちの方あんまり行ったことなんだ。そこでご飯食べよっか」
そう言って男は伝票を手に、レジに向かった。キミも慌てて鞄を持って付いていく。
そして、店を出て、池袋駅までの道中、必死に考えていた。男に嘘をついたことをいつ正直に話そうか。そればかり考えていた。
「知ってる? 江戸川乱歩の家があるのって池袋なんだよ」
男の話に「あ、うん」と曖昧な返事をするほど、必死に考えていた。