Ⓒランページ
「もちろん、進学は福岡の大学にするよ? でもそうなったら就職もきっと福岡か、九州かになるんじゃないかって思うの」
コーン茶を一口飲んだ母親が「それで?」と言った。
「そうなったら私、きっと福岡から出られなくなると思うの。一つ所に何年もいるときっと出られなくなる。まるで井伏鱒二の山椒魚みたいにね。地元に根付くことも確かに大事だと思う。でもだからこそ、この機会に、若いうちに東京って街を見て歩きたいの」
父親は腕組み(その腕組みが、脇の下に拳を収納するタイプのやつで、僕個人的にはこのタイプの腕組みはあまり好きではない)をしながら黙って聞いていた。そしてやっと口を開いて、言った。
「まあ一理ある。確かにその通りかもしれない」
しかし母親の方はそうはいかなかった。
「ダメよ。ダメよ、ダメ。ダメに決まってるじゃない!」
しかしなぜダメなのか、その理由までは言わなかった。キミはああいつものことかと思った。が、しかし、やはり、納得いかなかった。
ただ、納得はいかなかったものの、これはもう実質OKということになる。というのも家庭の主導権は父親にあって、いくら母親が反対しようが覆らない。父親は母親の話を聞かない。当然、意見も聞かなかった。