悪役令嬢だって恋をする
12、執務室にて
執務室の前には父の護衛騎士ザロモン・ハーケンが待ち構えていた。
「アベル様、遅いですね」
小馬鹿にしたような声にイラッとくる。ザロモンはサディスト中のサディスト男だ。
基本的に妻に従順。妻の尻に敷かれたい傾向があるボルタージュ王家の面々とは、根本的に女の趣味が合わない。
ラシェルをあまりよく言わないのも、アベルがこの男を好きになれない一つだ。
アベル以外の男がラシェルに興味あるのは気にいらないが、あの頭脳明晰カツ光り輝く美貌、(アベルからみたラシェル)を見て、鼻で笑う男に反感をもつのは仕方ない。
アベルからみてラシェルは唯一無二の女神だ。
そうはいっても、王家と王家を支える臣下の女の趣味が正反対だからこそ、男女の絡れがあまりなく上手くいく。
大変上手くいくのだが、それを理解していてもアベルはザロモンが苦手だった。
「ハーケン卿、嫌味は必要ない。父上は中ですか?」
「はい。ヴィルヘルム様も中におります」
さぁ、どうでますか? という声が聞こえてくると同時に、見えない剣サーベルで心臓を貫かれた。声を大にして言いたい。ゆっくりしていたのは逃げていた訳ではない。
頬の腫れを抑える為に冷やしていたまで。しかしそれを言う相手はすでに中。
(あぁぁぁぁ、最悪だ。ヴィル叔父上と父上が先に話せば俺の意見は無しになる。ラシェルとはもう会えない未来しかない…。
妻でなくとも従兄妹だし、会話や雑談くらいは許してもらえるかと思ったのに…終わった…)
デール伯爵令嬢マルシェの雑なハニートラップ事件に関わりたくないのと、ティーナの耳を汚したくないのとで。
ヴィルヘルムは息を吸うようにティーナを抱き上げ、アベルに後始末を押しつけて、ティーナとイチャイチャする為(アベルからはそう見えた)に部屋から出て行った。
またラシェルの妹か弟が出来るのでは? と思う行為に突入しているものと確信していたアベルは、まさかこの短時間でヴィルヘルムが最愛の妻ティーナと離れている(物理的に)とは想像していなかった。
アベルは一呼吸し、ドアを叩く。
「……アベルです」
「入れ」
まだ父の怒りが終息していないのは、声色でありありと感じられた。
執務室に入室すると、一気に身が絞まった。室内のメンバーに度肝を抜かれたからだ。
前国王陛下、アベルの祖父であるライアンがいる。アベルの背中に冷たい汗が流れ落ちる。
(今は一線から引き、趣味の薬研究に生きている祖父が何故!?)
前国王ライアンに加え。
アベルの父である国王ウェルナー。
父ウェルナーの側近、外交官で伯爵位をもつビビス・スキャナー。
宰相であり現メルタージュ家当主ソード。
その息子でアベルの親友、幼なじみのクレール。
ラシェルの父でアベルの師であるヴィルヘルム。
ボルタージュ騎士団長ギュンター・クルツ。
このメンバーが集合とは、何かあるのか?と突っ込みを入れたくなるほどだ。
「父上、何かあったのですか?」
色恋的な状態ではない、断じて違う。このメンバーを集結させて何をする気か!? アベルの硬い声に父であるウェルナーは呆れたように質問を質問で返す。
「何かあっただと? お前が何かを起こしたのだろう? 一度理性を無くせば、今度は記憶喪失か?」
カチン。
「お言葉ですが、父上よりは持頭がいいと自負しております」
一触即発の雰囲気のウェルナーとアベルに、ライアンは突っ込む。この二人の会話を止めて然るべきなのは、ライアンのみだ。
「やめんか、馬鹿馬鹿しい。デカい図体して、女々しい奴らだな」
「父の言う通りだ。兄上はアベルに対して頭が硬すぎる。今回の事も大事にしすぎだ。
私はアベルに、行き過ぎたちょっかいをかけるラシェルから次に仕掛けられたら襲っていいと言った」
ライアンに引き続きヴィルヘルムは兄に抗議する。若干イラついているのが見てとれた。
(え? ヴィル叔父上は俺の味方?)
アベルがヴィルヘルムの発言に疑問を抱きながらも、内心ガッポーズを決めている時、父ウェルナーの怒号が耳を占拠する。
「そう言う問題ではない!! 王太子として上に立つ者が、本能を抑えられないのが致命的。お前は“アレ”を見ていないから、呑気に言える!!
ラシェルの身になってみろ。男のお前と違い恐怖はひとしきりだ。アベルのようにデカい男にのしかかれて恐怖しない訳がない!!
妻以外の女に興味がないお前が偉そうに話すな」
「兄上、撤回してほしい。エル様が一番であるのは確かだが、娘のラシェルも同等に大事だ」
今度はここか…とゲンナリする。と他メンバーは溜め息だ。とくに宰相であるソードは、遠い目だ。
「……はい、終わりで。ウェルナー様も、ヴィルヘルム様も、どちらもおかしいですから。
ライアン様、懐かしいなぁと顔に書いてますよ。楽しまないでください」
ライアンが王の時代からソードは宰相であり、ガツガツと前に出ないタイプが幸いし、ボルタージュ王国の影の支配者となっている。
脳筋タイプの王家とは正反対。ちなみにラシェルはこちら側だ。
「ラシェルの事は一度、おきます。未遂だったのであれば、これ以上本人無しでは話が進まない。
ですが。確かにアベル様には多少女性相手の勉強は必要です」
アベルにとっては「またか」の発言。
実際アベルの年齢(25歳)で女を知らないのは変わり者であるし、妻どころか婚約者もいないのは、変わり者では済まない。
「必要を感じないです」
どこまでもヴィルヘルムに似てくるアベルが悩みの種だ。来るもの拒まずは困るが、あまりにも潔癖過ぎて頭痛がする。
「アベル様、お願いですから、ヴィルヘルム様のようにならないでください。国が崩壊します。
妻以外は皆が《畑に転がる芋》の考えになるのは非常に困ります」
ソードがため息を吐きながら本気の忠告を試みる。すでに遅いとは思いながらも。
皆の意見を静かに静観していた外交官であるビビス・スキャナーが初めて口を開く。
「現在隣国から、親友をアベル様の妻候補に推したいと何度も厚かましく書状を送ってきた令嬢がいるだろう。ひとまず彼女達の相手をまかすのはいかがか?」
感情無しで淡々と話すが内容に、目が飛び出そうになる。
「なっ、何を!? あんなアバズレ女達の面倒を何故俺が見ないといけない!?」
アベルの発言後にヴィルヘルムも発言する。
「私もその意見に賛成しない。一人はまともそうだが、もう一人の女は私にも色目を使ってきた」
外交官ビビス・スキャナーは、くすりっと笑う。
「なに、あくまで勉強。あの手の女を躱す勉強です。貧相な身体だけで男の快楽を引き出せるとは思えない。見た目だけではないだろうから、考えられるのは性技を極めてつくしているか、最有力なのは薬に頼るのだろう。
最近我が国で禁止している薬物を市民が使い、自我を崩壊させている例がいくつか上がっております。
十中八九アベル様に使うのではと。ぜひ身体をはって調査してほしい」
毒物に身体を慣らしているといえども、後継ぎであるアベルを使うと平然という外交官ビビスに、常識人の面々は冷や汗だ。
その状況中、ライアンに目を合わせ手を上げ発言を願い出たのは、幼なじみでアベルの親友クレールだった。
「クレール、話せ」
「発言の機会を頂きありがとうございます。アベルだけでなく私もそのアバズレ女を一緒にもてなし致します。
アベルと同等、私も毒物に耐性がございますので良い実験台になります」
いつもはおっとり息子クレールの挑発的な発言に、親であるソードは驚いた。
アベルを筆頭に、ヴィルヘルム、騎士団長ギュンター、国王であるウェルナー、前国王のライアン、皆がクレールの申し出に同じく驚いている。
唯一楽しげなのは外交官ビビス・スキャナーである。
「ほぅー、次代の国王と宰相候補筆頭のお二人が一緒に解決ですか? それはそれは仲の良い事で」
嫌味にしか聞こえないが、ビビスはいたく満足そうだ。クレールの意見に賛成なのかアベルの回答を聞く為に目線を合わせてくる。
売られた喧嘩は買う。真っ直ぐなアベルは猪突猛進イノシシタイプ。
「お受け致します」
アベルは簡潔に答えた。
「それでこそ王太子様だ。国王陛下、この薬物事件はアベル様に任せてかまいませんか? 私も忙しい身ですので」
恭しくウェルナーに言葉を向けるが、もう目が楽しげで堪らんと書いてある。ウェルナーはビビスの性格を非常に熟知しているからこそ、溜め息しか出ない。
「……決定だ。アベル、クレール。二人にはスチラ国から来た令嬢二人の相手、そして薬に関しての調査、期間は一週間だ」
「「かしこまりました」」
アベル、クレールは国王としてウェルナーが紡いだ言葉を受け、頭を下げた。
「ギュンター騎士団長は、王都メルカに騎士を派遣し街中の異変の捜索。自我が崩壊しているのは皆、男だ。人選は任す。まずは5日間調査してみてくれ宜しく頼む」
「かしこまりました、陛下」
民が使い被害が出ている《薬》なるほど、このメンバーが集まるのは理解できた。アベルが納得していた時、ビビスは話を蒸し返す。
「と。ま、薬物依存の話は完了したので。先程の件で一言申し上げたい」
「先程の件?」
ウェルナーが口を開いた瞬間、ビビスが嬉しそうにアベルの肩に手を置き笑った。
「陛下、ラシェルの件。もうまとめたらどうでしょうか? 恋愛結婚も政略結婚も相手を想い合うのは同じ。出会いよりその後どうするかです」
「何がいいたい」
ウェルナーの地を這うような声に、皆が静かに先の言葉をまつ。
「この件が上手くいけば、ラシェルを正式にアベルの婚約者として認め発表する。いかがか?」
「ビビス!!!」
ウェルナーの怒りが入る言葉に、答えたのはヴィルヘルムだ。
「私はビビスの意見に賛成だ」
「ヴィル!!!」
「ふむ。わしも賛成だな」
「父上!!!」
「私も賛成致します。今更ラシェルの頭脳を盗られたくないので、アベル様に頑張ってもらうのが最適です」
「ソードまで、何を!?」
「アベル殿下より、よい男なんて探しも出はしない。俺も賛成だ」
「ギュンターまで、お前達な!?」
ウェルナーは自分以外の皆の賛成に不満しかない。アベルは信じられない状況に頭が真っ白になる。
(諦めなくてもいいのか? この薬物依存事件を解決し、出来る男とみせたら、ラシェルにも伝わるか?
妻として、ラシェルと添い遂げる未来を見ていいのか?)
アベルの人となりは皆がよく知っている。本当に真っ直ぐでいい男なのだ。
「ラシェルは絶対にアベルを愛している。誰か見ても分かる。先に踏み込めない理由までは分からないが、真摯に向き合って落とせばいい」
「ヴィル叔父上…」
意にそぐわないと顔に書いているウェルナーだが、皆の大賛成を個人の意見思考で否定は出来ない。臣下の発言を聞いてこそ国王だ。
「アベル。ラシェルの気持ちを考えて行動しろ。全てが上手くいけば、婚約者として発表しよう」
「…っ、ありがとうございます」
いき良いよく頭を下げる。
前国王ライアン、ヴィルヘルム、外交官ビビス、騎士団長ギュンター、宰相ソード、親友のクレール。皆が頑張れと微笑を浮かべていた。
(あれだけ耐えたんだ、アベルほどラシェルを大切に思う男はいない。あの子の心を…寂しがりやの心を満たし、抱きしめてやってくれ)
ヴィルヘルムはアベルの自分と酷似した彫像のような素晴らしい体型と、黄金色に輝く頭を見て、来たる未来を想像し胸を熱くした。