悪役令嬢だって恋をする
18、夜の楽しみ
夜になった。今日一日、朝の時分はそれは頭にくるほどムカついた。しかし昼からは絶好調「ムフフ、ウフフ」と笑うラシェルを侍女らは遠巻きに見ていた。
笑いたくなるのは仕方ない。アベルとの婚約はラシェルの念願だ。アベルはラシェルの両親のような重い愛をくれる。
重い愛にラシェルは飢えていた。
皆がアベルがラシェルに向ける《愛》を気持ち悪がる。
ラシェルの事情を知らない者は、アベルの異常といえる身持ちの硬さやら、男にしか勃たない無駄な下半身やら、酷い噂を聞くたびに嬉しく思う。
「ラシェル様、良い夢を」
「ええ、おやすみ」
夜の支度が終わった侍女らは、一斉に頭を下げて寝室を出て行く。
シンプルなラシェルの寝室。
柔らかな白に近いクリーム色の漆喰壁で、サイドテーブルや家具まで真っ白。
もちろんベッドも白だ。重厚なゴブラン織りのカーテンまで白に近いほのかなクリーム色だった。
ラシェルは母ティーナのような薔薇色やピンク色をあまり好まない。部屋は基本的に色がなく、白で統一されていた。
色付きと辛うじて言えるのが床の深いワインレッド色の絨毯くらいだ。
どうして白が好きなのか…。
ラシェル本人も気付いてない事だが、恋愛面についで、さらにこの色の趣味も前世からの魂に刻まれた性質を引きずっていた。
(今日も、ベッドは綺麗だわ…)
シミ一つない、シワ一つないベッドを見ると何故か無性に泣けてくる。
(やだな、涙が出そう)
気が昂ると鼻の奥がツーンと痛くなる。意味も分からない感傷は、実はラシェルにはよくある事だった。
***
真っ白は贅沢な色。王族には溢れる白色が、民には高価な色。
ラシェルの魂に、その色への感覚が染み込んでいた。
ラシェルの前世はスチラ国によくいる孤児の一人だった。
当時のスチラ国には王女が一人。
そのたった一人しかいない王女は、病に侵され老い先短い身。その王女の替え玉になるべくラシェルは道で拾われた。
コインを探していただけ、パンでも買えたらと道に落ちるコインを探していただけ。
優しげな男性に連れて行かれ、身綺麗にされ、食事を与えられ、知識も叩きこまれた。
あれよあれよと、孤児は替え玉として王女となった。寝たきりの本物の王女とは友達になり沢山の小説を書いてはプレゼントをした。リクエストも受けて、沢山書いた。
リクエストした小説を読み終えた後、やはり本物の王女は若く死んだ。
その後ラシェルは替え玉の女王になり、国中の皆に嘘をつき、最後まで本当の自分を言わず生きて、死んだ。
ラシェルが前世の全てを夢に見た訳ではない。だから実は王女になった経緯やその後どうやって生きたかも、本にかかれた歴史でしか知らない。
ラシェルが《夢で見た前世》は、ほんの一コマ。
夢で見た前世では、ラシェルはスチラ国の王女であり、ボルタージュ王国の王女と友達になった。友達の甘い恋を知って、はしゃぐ自分。
その王女の一途に想う健気な恋と、王女に仕える護衛騎士の隠さなければならなかった想いを暴く自分。
楽しかった時間は何者かに断ち切られ終わりを告げる。
親友とよべる王女は無残に殺され、護衛騎士は愛する王女の仇を討ち、謁見の間を血の海にし、二人の恋は幕を引く。
そして悲しみの夢の最後は…いつも同じ。
棺の中に眠る王女(母のティーナ)の亡骸に、優しく口付けをする護衛騎士(父のヴィルヘル)の情景で必ず夢は終わる。
ラシェルの母は前世で親友。父には…疎まれていたはず。だけど、二人の今は大好きな両親だ。念願の最高の両親だ。
***
真っ白のガウンをゆっくり脱いで(ラシェルは寝る時、何も身に着けない派)ベッドに潜る。
(アベルお兄様に会いたい…婚約者になったら、一緒に寝ていいかしら…)
一人になると寂しくて寂しくて死にそうになる。そうなる日、必ず幼い頃は両親の部屋に忍びこんだ。
自分の部屋にある隠し扉から両親の部屋にある隠し扉まで、何度往復したか分からない。
がっつりイタシテイル最中でも構わず乗り込んだ。しかしヴィルヘルムもティーナも怒らない。
両親の真っ裸には突っ込まず(突っ込んだら終わり)ベッドに上がり、ティーナの豊満な胸に顔を埋めて眠る。
イタシテイル最中に乗り込んだ時は、決まって胸が濡れている。
ヴィルヘルムの美貌の顔で、胸を舐めていたのだろう。なんだそれエロい。どんな表情か「うわっ、何それ、見たい」とラシェルが思っていたとは当人達は知らない。
ラシェルが目を瞑れば決まってヴィルヘルムが、頭を撫でてくれる。暖かく大きな手が安心するのだ。
寂しくて寂しくて死にそうになる病は、ふとした時にやってくる。
今もそうだ。
両親の寝室にはいけない。流石にその選択はない。だからといって侍女は呼びたくない。よけい寂しくなるからだ。
ではどうするか? 選択は一つ。
ラシェルはゆっくりと起き上がり、足音を立てずガウンを着用し、紐はウエストあたりでキツく縛る。
(アベルお兄様のとこ…行こっ)
誰一人気付いてないが、夜の時分。ラシェルは何回かアベルの寝室に侵入している。最近は我慢し行ってない。
婚約者になるのだから、いいだろうと結論付けて、勝手知ったる隠し通路を使いラシェルはアベルに会いにいく。
隠し通路はベッドから歩いてちょうど5歩の壁。
開け方は王族しか知らない。ベッド脇にある引き出しの取手部分を回しながら外したそれを、地面に突き刺す。すると隠し扉がズレる。
隙間が出来れば、身体をおしながら中に入れる。通路は真っ暗な為、あらかじめ置いてあるランタンに火をつける。
地面に突き刺した取手を手を握り、ラシェルは身体を中に入れた後、それを壁穴にぶっ刺し隠し扉の壁を閉める。
ラシェルの流れるような作業に、もし誰かが近くにいたなら、間違いなくドン引きしただろう。
「さて、道はどうだったけ…」
(右、右、右、左、上行って、左、右、右、左、上に行って、最後左よね!!)
「よし!!!」
隠し通路は迷路になっている。本来は逃げる為、追われた時に追いつかれないような造りだ。
ラシェルはその道順を完璧に網羅していた。
***
時間は少し遡る。
アベルの今日一日は最悪の一言だった。
「くそっ!! 父上の言う事も分かるが、ラシェル以外の女は嫌だと昔から言っただろう!!」
マルシェ、ルビーと別れた後、王の執務室に足を入れた瞬間、それは頭痛がするほどに責められた。
やる気が感じられない。今までの外交は遊びだったのか。王太子としての自覚がたりないなどなど。
最後は今回の件ではない事まで責め立てられ、護衛騎士や他官僚らに王(ウェルナー)と王太子(アベル)は問答無用に離された。
アベルは苛々しながら、着用していた服を全て脱ぎ捨てベッドに放り投げた。身一つ、見事に引き締まった裸体をさらけ出しそのままシャワー室に入る。
アベルの寝室には誰もいない。裸のままでも構わないのだ。
普段は温厚なアベルだが、ラシェルが絡むと人が変わる。ラシェルを貶されたり、ラシェルに自分が合わないなどと言われると即キレる。
「血が濃いのがいけないのか!? ならば後継ぎは姉の子供でもいいだろうに!! くそっ!!」
己に課された課題は努力でなんとでもなる。肉体改造も、語学も、帝王学政治、つり合いのとれる見目も、認められるならば何だってやってやる。
しかし、アベルとラシェルでは血が濃いと言われたなら、こればかりはどうしようもない。
努力で克服は出来ないのだ。
シャワーにうたれながら、アベルは自問自答を繰り返す。
(今更、父上の反対はおかしい!! 俺自身の評価ではなく、血と言われたら!! 初めから分かっていた事だ!!
俺だって…理解ない訳じゃないが……ラシェル以外の女に全く興味がもてない…、冗談なく勃たないのだから根本的に子作りが無理だ、仕方ないだろう)
アベルは悪態をつきながら全身を洗う。
「はぁぁぁぁ……」
最近は溜め息ばかり吐いているなと呆れながらシャワーを止め、あらかじめ掛けてあった大判のタオルでさっと全身を拭いた。
髪を拭くように小さめのタオルを持ってシャワー室を出たら、目を疑う光景が。
己のベッドの上で、先程アベルが脱いだ衣服を意気揚々と畳んでいるラシェルの姿。
裸体にガウン一枚だけの姿は、確定。
一応ウエスト辺りを紐で縛っているが、前は全開にはだけ豊満な胸ががっつり見えている。
下半身は、すでに覆われているか怪しいほどで、かろうじて女の大事な部分が見えないだけで、ムチッとした太ももはさらけ出されている。
早い話が、裸体とそう変わらない。
「ラ、ラシェルっ!?」
声が裏返ったのは当然。あり得ない人が目の前にいれば人は理解するのに時間がかかる。
「こんばんは、アベルお兄様!」
ふわっと微笑むラシェルに、身体が熱をもつ。
性欲が問答無用に引き上げられ、馬鹿正直に下半身の中央部が熱を持つ。
アベルの見た目と同じく、立派な陰茎が存在を示すよう勃ちあがり始めた。
「ゥッ…(勃つ)…」
咄嗟に股間をタオルで隠しその場に蹲るが、色々アウトだった。顔だけあげたアベルの視線の先には、可愛らしく微笑むラシェルの姿。
アベルから見ればラシェルの顔は天使の微笑みだが、どう見ても今のラシェルの顔は悪女。
間違いなく悪役令嬢ばりに悪そうな顔をしていた。