悪役令嬢だって恋をする
19、二人の秘密の夜
「アベルお兄様。せっかくシャワーを浴びたのに床に蹲ったら汚れるわよ?」
「いや、待て、何故ラシェルがここにいる!?」
「…何故って。……寂しく、なったからよ……寂しくて……だから……会いに、きたの…」
小さくなっていくラシェルの声に、アベルの性欲も幾分かマシになる。
若干…竿(さお)に硬さがあるがそれは仕方ない。むしろこのラシェルを見て勃起しなければ、それは男ではないだろう。
性欲よりもラシェルの心を守るのが最優先。
(ラシェル…)
アベルは知っている。ラシェルは偉そうにしていても、どれだけ大人顔負けのグラマラスボディでも、本当の心は甘えたで、ちっちゃくて寂しくて死んじゃいそうな程弱い。
どこか情緒不安定感があり、ふとそれは爆発する。
ベッドの上でシーツを握りしめ、下を向いているラシェルをアベルは抱きしめた。真っ裸はこの際いいだろう。
「どうした?」
冷たくなったラシェルの身体は、アベルの体温を奪っていく。抱きしめられたのが嬉しかったのか、腕の中でモゾモゾ動くラシェル。
「ラシェル、おいっ!?」
アベルの返答も聞かず、ラシェルは唯一身体を覆っていたガウンを脱いだのだ。
何もする気はない、ないのだが、未婚の若い男女が裸のままベッドの上で抱き合うのはいかがなものかと思う。
「…アベルお兄様、もっと、ギュッとして」
「悪魔だな…」
「ぷっ、なによ。下のブツは気にしないであげるんだから」
「誰のせいでこうなってると思うんだ?」
「私のせいよ」
勝ち誇ったラシェルの顔を見て、二人は見つめ合い同時に「プッ!」と笑う。
ラシェルの寂しい病が和らいだ様子で安心する。アベルは苦笑いを浮かべながら、ラシェルの脇に手を入れて持ち上げた。
胡座をかいた自分の上に対面式でのせる。これにラシェルは大満足して密着し、足でアベルの腰を挟む。
まるで木にしがみつく猿かコアラか、いや、そんな微笑ましさはゼロだ。
誰がどう見ても対面型の性行為中にしか見えない。
「いやんっ、アベルお兄様のエッチィーー」
「……何がエッチだ…俺は天国で拷問を受けている気分だ」
「ふふ、アベルお兄様、あったかいぃー」
「それはどうも…」
対面式は女の身体と男の身体の違いを、互いに一番味わえる。
しがみつくラシェルの好きにさせているが、アベルは性欲を感じないよう、感覚をひたすら逃す為に頭で暗号を唱えた。
その冷静な頭を打ち破る破壊力がある柔らかいラシェルの胸が、アベルの堅い胸板に押しつぶされ形を変えていく。
アベルの胸板は逞しい。密着し精一杯腕を回してもラシェルの細い腕は周りきらない。
ラシェルの身体とアベルの身体に挟まれた、腹まで反り返る陰茎は、ダラダラと涙のように濃厚な液体を垂らしている。
ここまでになっても、決してラシェルの身体を触ってこないアベルの鉄壁の精神力に感心するのと同時に、大事にされていると分かり嬉しくて。
そして酷く申し訳なく思う。
「ごめんなさい…」
「謝らなくていい、役得だと思うさ」
「我慢しなくてもいいわよ?」
意地悪なラシェルの言動にアベルは諭すように呟く。
「無理矢理、既成事実をつくって何か良い事があるか? 俺はラシェルという素敵な女性をもっと沢山の人に知ってもらいたい」
「何よ、それ…」
アベルは身体を少し離し、ラシェルと視線を合わす。そらさないラシェルを見てから、アベルは揺るがない想いを吐露する。
「賢く強く綺麗なラシェルは、皆のラシェルだ。弱くて寂しがりで甘ったれなラシェルは…俺だけのラシェルだ」
息をのむラシェルに、アベルは懇願にも似た声色で意味を述べる。
「…ラシェルの弱いところだけは、俺が護りたい。王太子である俺は民のものだ。だが、ただのアベルとしの俺はラシェルのものだ」
優しくて温かい。アベルは決してラシェルが独占していい人ではない。ヴィルヘルムのように妻だけを見て生きていくのは絶対に無理だ。
それを理解していても、ラシェルはヴィルヘルムとティーナのような繋がりが欲しかった。
離れ離れになっても無理矢理引き離されても、揺るがなかった二人(ヴィルヘルムとティーナ)の《想い》
それが欲しくて欲しくて、どうしたらその《想い》を貰えるのか。無意識でアベルを試してきたのだ。
浅ましい思いをラシェルははっきり自覚した。
アベルはラシェルの欲しい《想い》をくれる人だ。ひとりぼっちで泣かなくていい。家族はかけがいない人達だけど、ラシェルが一番にはなれない。
(私が一番でないと嫌なの、私を一番に愛してほしいの、だから私は…)
意地を張って散々突き放し暴言をはいても、アベルはいつも最後にラシェルの隣で手を差しのべてくれる。
目に涙が溜まり、大好きな精悍なアベルの顔は、今どんな表情をしてるか分からない。
瞬きをし、涙を瞳から押し出すが、後から後から出る涙はラシェルの視界を奪っていく。
「………アベルお兄様は、私の護衛騎士?」
「ラシェルがそう望んでくれるなら」
「………探してくれる? 生まれ変わっても探しにきてくれる?」
「もちろんだ。前世で会えなかった分まで、来世も付き纏う予定だ」
「………ヘアージュエリーを作ってもいい?お父様みたいに執念深く愛してくれる?」
「作りたい。ヴィル叔父上には負けない」
「……本当、に?」
「ラシェル」
アベルの大きな手のひらがラシェルの両頬を包みこむ。ゆっくりと顔の角度が変わる。
「…アベル、お兄様」
「ラシェル、愛している。俺と結婚して欲しい」
ラシェルの瞳から流れる涙は、アベルの手の甲をつたい濡らしていく。
「……はい、私も…アベルお兄様を、愛し、て、る…」
アベルの喜びの雄叫びは、密着する二人の身体の中に消えていく。ちょっとだけ痛い抱擁は、ラシェルに生きている喜びを運んでくれた。
「……アベルお兄様、あのね」
「ん?」
「これ、いい加減つらくはないの?」
ラシェルは右手の親指と人差し指で、アベルのパンパンに膨れた亀頭をムニっとつまみ、引っ張る。
「ンッっ…ッっ、それ以上の刺激は、ちょっと」
この場でラシェルの純潔を散らす予定はさらさらない。我慢汁なる液体がダラダラと陰嚢まで垂れていてもだ。
性行為をする気はないが、男を目一杯主張し湾曲する竿(さお)が、目の前のご馳走に興奮をみせるのは仕方ない。
「アベルお兄様、私が出してあげるわ」
「え!?」
「昔は、手淫が当たり前で。いっぱいしたわよね」
「いいのか?」
「当たり前よ。夫のシモの世話は、妻の役目だわ!アベルお兄様のお世話は私だけの特権なの」
ゴクッ。
アベルの太い首から唾を嚥下する生々しい音が静かな室内に響く。
「痛かったらいってね? 久しぶりだから忘れてそうだし」
「あ、あぁ」
期待に満ちた表情のアベルに、ラシェルは嬉しくなり頬に口付けを贈る。
「嬉しそう、ぷぷっ」
「嬉しいに決まっているだろ」
アベルの顔にはラシェルを好きだと、愛していると、そう書いてある。その顔にラシェルは照れてしまう。
(アベルお兄様は、私が好きで仕方ないのだわ)
ラシェルは対面座りをやめ、アベルの横に座り直す。横から覗き込むような体勢をとり、アベルの裸体を鑑賞する。
引き締まった裸体は本当に見事だ。
くっきりとラインのはいる腹筋の筋に、盛り上がる胸筋、肩から鎖骨までの彫り込まれたような筋、ハリのある大腿骨など、もう全てにおいてパーフェクトだ。
「綺麗な身体…」
ウットリとしたラシェルの声にアベルの気分は最高潮だ。
「そうか? ラシェルの身体の方が綺麗だぞ」
「エッチぃー」
「何がエッチだ、ラシェルが美しいのは事実だろう」
その言葉には嘘がない。嬉しくなったラシェルは、胸の谷間にアベルの右腕を入れて、次のステップに進む。
「……ぅっ……」
右手を男竿の根本に添えて軽く握る。だいぶ漏れ出た液体がカンユザイになり、擦りやすそうだ。
握りしめながら、強弱をつけて上下に手首をスライドさせていく。
「………っ………っ、……… ………っ……… はっ、……っ……… はっ、……ンッ!」
キュッ、キュッ、と上下にシゴく度にアベルの甘かやな声が口から漏れ出る。
(色っぽいわ、アベルお兄様、顔が狂気よ、色気が駄々漏れ、気持ち良さそう…嬉しいな…)
嬉しいが声がまだまだだ。
「アベルお兄様…声、我慢しないでください。私だけの特権なんだから、感じる声を聞きたいわ」
アベルも男としての矜恃がある。喘ぐのが悪いとは思わないが、されるがままアンアン言うのはどうだろうと思った。
「………っ……… はっ、……喘げと?」
「そ!! ちゃんと気持ちよくなってるか知りたいから」
「気持ち………っ………ん、いい………っ……… はっ、……」
慣れたもので上手く強弱で扱き、アベルの官能を高めていく。
「ちゃんと声、出して…」
亀頭の先端がクパクパと開き強請る様子で、そろそろだと予測する。スライドを大きく強く握り、手の甲にあたる陰嚢が硬くなった。
(そろそろね!)
アベルはラシェルの望みどおり、声の我慢はしなかった。
「はあぁっ!! ンッあっ!! ンッ はぁっ、はっ、ンッ!! ぁぁっ、ンッ!!」
ラシェルはアベルの反応をしっかり見ながら、絶妙な強さで射精に導く。
「はぁっ、はっ、ンッ!! ぁぁっ、アぁぁぁっッンッッッッ!!!」
ュビジュルッッッッッ!! ビチャ、ビジュルッッッッッ!!! ュビジュルッッッッッ!! ビチャ、ビジュルッッッッッ!!!
イッタ瞬間タオルで受け止め、竿を強く握りしめた状態を緩め、添えながら液体を出す手助けに変える。
相変わらず精液の量が凄い。禁欲も長いからか、久しぶりの量にラシェルは満足だ。
「ぁぁぁっ、ぁぁぁっ、はぁ、はぁ、はぁ…相変わらず、上手いな……」
「どう致しまして!」
「気持ち良かった…ラシェル、ありがとう」
ねちゃとした精液を手につけたまま、ラシェルはアベルの肩にコテンと頭を預ける。
「私も触って欲しい…」
「俺がそれをしたら犯罪だ」
「同意でも?」
「……正直、今、ラシェルの性器を触ったら、意識が吹っ飛ぶ。絶対に最後までやるぞ俺は…」
「あーもー、アベルお兄様と早く婚約したい。もう一人エッチ嫌」
「…一人はいいが、他の男には頼むなよ」
アベルの声が重低音になり、ヤキモチからくる怒りを感じた。それも今はひどく心地いい。
「ふん、しーらない」
「ラシェル!?」
「しーらない、たら、しーらない」
おちゃらけていると、背後からアベルに抱きしめられる。
「……口付けはいいだろう?」
「むっ、ん……うん!!」
気絶一歩手前まで、飽きるまでアベルとラシェルは唇を合わせた。
長い静かな夜は、初々しい二人を包み込む。