私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
魔の巣窟に異動させられたの巻
春、それは新しい出逢いと別れが交差する季節。
専門広告代理店として名高いクリエイティブ・エージェンシーに入社して3年目に突入した私、雛川愛衣(ひなかわめい)は、4月から慣れ親しんだ営業部から経営戦略部へ異動することになった。
ちなみに総合広告代理店のように、あらゆる媒体を扱うのではなく、1つの媒体に特化した広告代理店のことを専門広告代理店という。
3年間営業部で培った仕事をはたして経営戦略部で生かせるのか――正直なところ不安が拭えないのが現状だけど、与えられた仕事を全力でやってのけようという気合いのもと、大きな段ボールを抱えて異動先に顔を出した。
「失礼します……」
営業部の部署は縦長の室内に、50数名分のデスクを展開させたところだった。常に誰かがお客様と話をしていたり、同僚同士で打ち合わせをしたりと、いつもガヤガヤしていたのに対して、目の前にある経営戦略部のフロアは、正方形の室内にパッと見10名前後のデスクが設置してあり、キーボードを叩く音しか聞こえなかった。
声をかけて入ってきた私に、視線を飛ばす人は誰もいない。皆さん揃って、自身の前にあるパソコンの画面にくぎ付けになっているため、非常に声をかけにくい。
(経営戦略部で偉い人って、確か須藤課長だよって教えてもらっていたけど、どこにいるんだろ?)
狭い室内なので、あっけなくそれっぽい人を見つけることができた。こちらに背を向けて窓際に佇んでいるその人のデスクだけ、ポツンと置かれているので、十中八九須藤課長その人だろう。
ものすごいスピードでキーボードを叩く、経営戦略部の職員の横を通り過ぎ、須藤課長のデスクの前に向かって歩いた。そして――。
「あのぅ、おはようございます……」
話しかけた瞬間、髪を乱す勢いでこちらに振り返ったその人は、化け物でも見るかのような視線を私に飛ばす。
「なに?」
「本日付けで営業部から異動してきました、雛川愛衣です。今日からよろしくお願いします」
須藤課長は奇異な目で見ていた表情を一瞬で消し去り、あからさますぎるくらいの愛想笑いを浮かべた。
「ああ、今日から来ることになってたんだっけ。すっかり忘れてた。俺は須藤、一応経営戦略部を任されてる」
「一応じゃないでしょ。がっちり任されているくせに!」
「そうそう。でもこれでまたひとつ、営業部を崩壊させるプロジェクトが進みましたね」
背後からかけられた声に、顔を引きつらせながら振り返るしかない。
「確かに、こんなにうまくいくとは思わなかった。人事部の弱みをうまいこと使えるのなら、他にも応用できそうだ」
(――ちょっと待って。この人たち、なにを言ってるんだろう?)
「雛川愛衣……。メイ、ヒナカワ。う~ん、今日からおまえはヒツジな!」
私に指差ししながら告げられた須藤課長の言葉は、さっぱり意味のわからないものだった。
「どうして私がひつじ……?」
「だって、ヒツジはメイメイ鳴くだろ。それに営業部から異動してきたというのが、経営戦略部に捧げられた、活きのいい生贄って感じだし。知ってるか、羊は神への捧げものだってこと」
「知りません……」
会社の中枢部に位置する経営戦略部は、とてもハイスペックな人たちが集まっている部署だと思っていた。それなのに現実は、営業部を崩壊させようとしている集団だったなんて。
「とりあえずおまえの仕事は、俺たちのバックアップをすること。とりあえず、コーヒーでも淹れてもらおうか」
言いながらどこかを指さした。それに導かれて背後を見ると、コーヒーメーカーが置いてあり、見慣れたそれにほっとする。
「営業部と同じものを使ってるんですね」
「なんだと!?」
須藤課長の声で前を見ると、その場にいる職員全員の顔が曇ったのがわかった。
専門広告代理店として名高いクリエイティブ・エージェンシーに入社して3年目に突入した私、雛川愛衣(ひなかわめい)は、4月から慣れ親しんだ営業部から経営戦略部へ異動することになった。
ちなみに総合広告代理店のように、あらゆる媒体を扱うのではなく、1つの媒体に特化した広告代理店のことを専門広告代理店という。
3年間営業部で培った仕事をはたして経営戦略部で生かせるのか――正直なところ不安が拭えないのが現状だけど、与えられた仕事を全力でやってのけようという気合いのもと、大きな段ボールを抱えて異動先に顔を出した。
「失礼します……」
営業部の部署は縦長の室内に、50数名分のデスクを展開させたところだった。常に誰かがお客様と話をしていたり、同僚同士で打ち合わせをしたりと、いつもガヤガヤしていたのに対して、目の前にある経営戦略部のフロアは、正方形の室内にパッと見10名前後のデスクが設置してあり、キーボードを叩く音しか聞こえなかった。
声をかけて入ってきた私に、視線を飛ばす人は誰もいない。皆さん揃って、自身の前にあるパソコンの画面にくぎ付けになっているため、非常に声をかけにくい。
(経営戦略部で偉い人って、確か須藤課長だよって教えてもらっていたけど、どこにいるんだろ?)
狭い室内なので、あっけなくそれっぽい人を見つけることができた。こちらに背を向けて窓際に佇んでいるその人のデスクだけ、ポツンと置かれているので、十中八九須藤課長その人だろう。
ものすごいスピードでキーボードを叩く、経営戦略部の職員の横を通り過ぎ、須藤課長のデスクの前に向かって歩いた。そして――。
「あのぅ、おはようございます……」
話しかけた瞬間、髪を乱す勢いでこちらに振り返ったその人は、化け物でも見るかのような視線を私に飛ばす。
「なに?」
「本日付けで営業部から異動してきました、雛川愛衣です。今日からよろしくお願いします」
須藤課長は奇異な目で見ていた表情を一瞬で消し去り、あからさますぎるくらいの愛想笑いを浮かべた。
「ああ、今日から来ることになってたんだっけ。すっかり忘れてた。俺は須藤、一応経営戦略部を任されてる」
「一応じゃないでしょ。がっちり任されているくせに!」
「そうそう。でもこれでまたひとつ、営業部を崩壊させるプロジェクトが進みましたね」
背後からかけられた声に、顔を引きつらせながら振り返るしかない。
「確かに、こんなにうまくいくとは思わなかった。人事部の弱みをうまいこと使えるのなら、他にも応用できそうだ」
(――ちょっと待って。この人たち、なにを言ってるんだろう?)
「雛川愛衣……。メイ、ヒナカワ。う~ん、今日からおまえはヒツジな!」
私に指差ししながら告げられた須藤課長の言葉は、さっぱり意味のわからないものだった。
「どうして私がひつじ……?」
「だって、ヒツジはメイメイ鳴くだろ。それに営業部から異動してきたというのが、経営戦略部に捧げられた、活きのいい生贄って感じだし。知ってるか、羊は神への捧げものだってこと」
「知りません……」
会社の中枢部に位置する経営戦略部は、とてもハイスペックな人たちが集まっている部署だと思っていた。それなのに現実は、営業部を崩壊させようとしている集団だったなんて。
「とりあえずおまえの仕事は、俺たちのバックアップをすること。とりあえず、コーヒーでも淹れてもらおうか」
言いながらどこかを指さした。それに導かれて背後を見ると、コーヒーメーカーが置いてあり、見慣れたそれにほっとする。
「営業部と同じものを使ってるんですね」
「なんだと!?」
須藤課長の声で前を見ると、その場にいる職員全員の顔が曇ったのがわかった。
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