私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
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 額にキスされたせいで、頬の赤みやいろんな感情が落ち着いてから部署に戻ったというのに、須藤課長は不在だった。顔を合わせたくなかったので、ちょうどよかったけど、一緒に出ていった相手が戻って来ないことに、ほかの人は不思議に思わないか心配になる。

「お疲れさんヒツジちゃん。須藤課長にセクハラして迫るなんて、結構やるやん!」

「ぶっ!」

 体を小さくして自分の席に座った途端に、隣の猿渡さんが話しかけてきた。しかも須藤課長とのやり取りを知っている時点で、ミーティングルームに設置された監視カメラで一部始終見られていたことを悟る。

「ヒツジ、今度あの部屋でしかけるときは、カメラに対してもう少し横向きでお願いする。窓際は良かったんだけど、今回のあの角度では、いい絵が撮れなかったんだ」

 松本さんがわざわざ自分のパソコン画面を見せながら、丁寧に説明してくれたのだけど。

「ちょっ! まさかさっきの録画……」

 私がショックで絶句したら、原尾さんがゲラゲラ笑いながら。

「須藤課長が女性に手を出す絶好のタイミングを逃すほうが、どう考えてもナンセンスでしょ。味方という名の敵は本能寺にあり! 見ていてドキドキさせられタンザニア」

 よくやったと言わんばかりに、親指を立てて説明されても、ちっとも嬉しくない。

「雛川さんは、須藤課長に気があるの?」

 目の前の山田さんが、視線を合わせずに訊ねた。

「まったくありません。須藤課長のパワハラが少しでも弱まればいいなと思って、女に免疫がなさそうなところを突っついてみただけです」

「そうなんだ。だったら、あまり無謀なことをしないほうがいいと思うな。女性に免疫がないということは、それを『好意』として捉える可能性があるってことでしょう?」

「確かに、そうですよねぇ」

「雛川さんにはその気がないのに、須藤課長に好かれても、断るのが大変なことになるのが目に見えるけどね」

 山田さんの真っ当な意見に返事をしようとしたら、「なんやおまえ、僕らの計画……」と言いかけて口を噤む猿渡さんが腰をあげて、対面している山田さんを睨んだ。

「俺は賛同しません。ちょうど営業部の仕事が終わったので、チェックしてもらいに行ってきます」

 涼しい顔つきで淡々と言いきり、颯爽と部署を出て行く山田さんに、誰も声をかけなかった。
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