私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
***
一日の仕事を終えてほかの皆さんが早々と帰る中、私は椅子に磔された人質のように、じっとしていた。
「雛川さん、帰らないの?」
帰り支度している山田さんが、にこやかに話しかけてきた。
「須藤課長に、話があると言われてまして……」
困った顔で、背後にいる須藤課長の事情を説明したら。
「一緒に残ってあげようか?」
なんていう優しいことを心配そうな顔で言ってくれたので、ものすごく頼りたくなった。
「大丈夫です。きっと……」
ミーティングルームで言い放った『そういう須藤課長だって、朝からパワハラ炸裂させていたじゃないですか。あんなふうに頭ごなしに怒鳴られたら、誰だって委縮しちゃいます』という私の言葉が堪えたのか、須藤課長は朝のようなパワハラを皆にすることなく、おとなしく仕事に従事していたので、大丈夫だと自分に言い聞かせるように、山田さんに告げた。
「でも、あんなことがあったあとだし……」
あんなことというセリフで、須藤課長にされた額のキスを思い出した瞬間、利き腕をぎゅっと掴まれた。逃がさない勢いで掴む行為に心当たりがありすぎて、わざわざ振り返って掴んだ相手を見るのも嫌だった。
「須藤課長、力まかせに掴まないでください。痛いですよ」
正面にいる山田さんを見ながら指摘したのに、掴んだ手の力を抜く気はないらしく、そのまま椅子から引っ張りあげられてしまった。無言で部署を出ようとする須藤課長に、無理やりどこかに連れられる私は、哀れに見えるだろう。
「雛川さんが痛がっているじゃないですか。気をつけてくださいっ」
山田さんが手を伸ばして、私を掴んでいる須藤課長の腕に縋りついた。
「強く掴んでいるのは、ヒツジがおまえと逃亡するおそれがあるからだ。さっきコイツに話しかけていただろう?」
「だって須藤課長が、雛川さんに嫌なことをするかもしれないと思ったからです」
「嫌なことだと!? ヒツジが俺をバカにした挙句に挑発して、キスさせただけだ。俺はなにも悪くない。自業自得じゃないか」
「雛川さん自身も、須藤課長の態度にいろいろ思うところがあったから、そういう態度をとっていたんです」
私を間に挟んで繰り広げられる攻防に、口を挟める余地はまったくなくて、喋る相手の顔色を窺うのがやっとだった。
「山田、もしかしておまえ、ヒツジのことが好きなのか?」
「なにを言って……」
「朝、一緒に電気屋に行っただけで、デート気分が味わえたもんな。楽しかったのか?」
せせら笑って私たちを交互に見つめる須藤課長のまなざしからは、蔑むような感じがありありと見てとれた。
「山田さんをこれ以上、バカにしないでください!」
掴まれた腕をなんとか振りほどき、山田さんの影に隠れてやった。
「ヒツジ、おまえまさか……」
「好き嫌いでいったら、須藤課長よりも山田さんのほうがいいです。だって優しいから!」
「雛川さん……」
山田さんの顔が耳まで赤く染まっていたけれど、怒りで頭がキレていた私はそれどころじゃない。
「私、山田さんと帰ります」
そう言って山田さんの背後から自分のデスクに移動し、鞄を持ってふたたび同じ場所に戻った。
「山田さん、一緒に帰りましょう?」
上着の袖口を引っ張って帰ることを促すと、山田さんは慌てて同じように鞄を手にする。
「それじゃあお先に失礼します!」
ツンと顔を逸らして先に部署を出たので、須藤課長がどんな顔をしていたかなんて、知る由もなかった。
一日の仕事を終えてほかの皆さんが早々と帰る中、私は椅子に磔された人質のように、じっとしていた。
「雛川さん、帰らないの?」
帰り支度している山田さんが、にこやかに話しかけてきた。
「須藤課長に、話があると言われてまして……」
困った顔で、背後にいる須藤課長の事情を説明したら。
「一緒に残ってあげようか?」
なんていう優しいことを心配そうな顔で言ってくれたので、ものすごく頼りたくなった。
「大丈夫です。きっと……」
ミーティングルームで言い放った『そういう須藤課長だって、朝からパワハラ炸裂させていたじゃないですか。あんなふうに頭ごなしに怒鳴られたら、誰だって委縮しちゃいます』という私の言葉が堪えたのか、須藤課長は朝のようなパワハラを皆にすることなく、おとなしく仕事に従事していたので、大丈夫だと自分に言い聞かせるように、山田さんに告げた。
「でも、あんなことがあったあとだし……」
あんなことというセリフで、須藤課長にされた額のキスを思い出した瞬間、利き腕をぎゅっと掴まれた。逃がさない勢いで掴む行為に心当たりがありすぎて、わざわざ振り返って掴んだ相手を見るのも嫌だった。
「須藤課長、力まかせに掴まないでください。痛いですよ」
正面にいる山田さんを見ながら指摘したのに、掴んだ手の力を抜く気はないらしく、そのまま椅子から引っ張りあげられてしまった。無言で部署を出ようとする須藤課長に、無理やりどこかに連れられる私は、哀れに見えるだろう。
「雛川さんが痛がっているじゃないですか。気をつけてくださいっ」
山田さんが手を伸ばして、私を掴んでいる須藤課長の腕に縋りついた。
「強く掴んでいるのは、ヒツジがおまえと逃亡するおそれがあるからだ。さっきコイツに話しかけていただろう?」
「だって須藤課長が、雛川さんに嫌なことをするかもしれないと思ったからです」
「嫌なことだと!? ヒツジが俺をバカにした挙句に挑発して、キスさせただけだ。俺はなにも悪くない。自業自得じゃないか」
「雛川さん自身も、須藤課長の態度にいろいろ思うところがあったから、そういう態度をとっていたんです」
私を間に挟んで繰り広げられる攻防に、口を挟める余地はまったくなくて、喋る相手の顔色を窺うのがやっとだった。
「山田、もしかしておまえ、ヒツジのことが好きなのか?」
「なにを言って……」
「朝、一緒に電気屋に行っただけで、デート気分が味わえたもんな。楽しかったのか?」
せせら笑って私たちを交互に見つめる須藤課長のまなざしからは、蔑むような感じがありありと見てとれた。
「山田さんをこれ以上、バカにしないでください!」
掴まれた腕をなんとか振りほどき、山田さんの影に隠れてやった。
「ヒツジ、おまえまさか……」
「好き嫌いでいったら、須藤課長よりも山田さんのほうがいいです。だって優しいから!」
「雛川さん……」
山田さんの顔が耳まで赤く染まっていたけれど、怒りで頭がキレていた私はそれどころじゃない。
「私、山田さんと帰ります」
そう言って山田さんの背後から自分のデスクに移動し、鞄を持ってふたたび同じ場所に戻った。
「山田さん、一緒に帰りましょう?」
上着の袖口を引っ張って帰ることを促すと、山田さんは慌てて同じように鞄を手にする。
「それじゃあお先に失礼します!」
ツンと顔を逸らして先に部署を出たので、須藤課長がどんな顔をしていたかなんて、知る由もなかった。