私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
「逃げるなよ」

 座っていた椅子を吹き飛ばして、私の手を掴む。てのひらじゃなく、指先をぎゅっと握られたことに驚き、須藤課長の手と顔を交互に眺めた。

「あ、ごめん。痛かったか?」

「痛くはないですけど……」

「帰ってほしくなかった。最後まで話を聞いてもらわなきゃと、慌ててしまったんだ」

 切れ長の二重まぶたが揺らめき、須藤課長の動揺を表しているようで、逆にこっちが悪いことをしてしまった感じに慌てふためく。

「昨日は、須藤課長とあんなことがあったから帰りましたけど、今日はちゃんと話を聞いてあげますよ。仕事のこともありますし」

「逃げない?」

 掴んだ指先ごと、少しだけ引っ張る。無理やりじゃなく、私の気持ちを慮っているように思えたそれに抗うことなく、退いた分だけ歩み寄った。

(それにしても須藤課長の手、すごく熱いけど熱はないのかな?)

「逃げません」

 断言したと同時に解放された手を思わず握りしめて、自分の体温を確かめた。

「仕事の話の前に、みーたんのことなんだけど」

「はいはい、なんですか?」

 須藤課長は至極真面目な顔で言ってるのに、内容がゲームのことなのでどうしても真面目になりきれず、苦笑いを浮かべてしまう。

「みーたんの好きな物が、久しぶりに増えていたんだ。ヒツジが猫じゃらしでプレイしたのが、嬉しかったみたいでさ。ありがと……」

「どういたしまして」

「それで俺は相変わらず、猫じゃらしで遊べない……」

 飛ばした椅子を引き寄せて座り直し、うな垂れながらデスクに置かれたスマホを見る須藤課長。しょんぼり具合が、捨てられた子猫みたいだった。

「どんだけ不器用なんですか」

「ヒツジが言ったとおりに、左右に動かしてるのに、みーたんが全然反応しないんだ」

 言いながらスマホを私に向ける。

「ちょっとやって見せてくれ」

「いいですよ。こんな感じです」

 猫じゃらしを動かす私の指先を、顔を寄せてまじまじと眺める須藤課長の目が、怖いくらいに真剣だった。

「わかった。やってみる……」

 そう言ったので、須藤課長の手元にスマホを向けてあげた。人差し指が画面に触れながら左右に揺れ動いたのに、みーたんはアクビをして完全にスルーする。

「須藤課長の指を、認識していないみたいですね」

「ヒツジとなにが違うんだ?」

「ちょっといいですか?」

 訊ねながら須藤課長の横に並び、画面に触れている人差し指を摘んだ。

「つっ!」

「あの須藤課長、風邪なんて引いてません?」

「どど、どうしてだ?」

「さっきも思ったんですけど、手が熱いなぁと」

 疑問を口にしながら隣を見たら、須藤課長の顔が真っ赤になっていた。

(あ、この人、適齢期の女性とキスしたことないから、こういう接触の仕方も初めてなんだ)

「ぉお俺は人より、体温が高いんだ。その免疫力のおかげで、風邪を引かない。どうだ、すごいだろ!」

 最初はキョどっていたのに語尾にいくに従い、威張るように言い放った須藤課長。彼の頬が真っ赤なのを、あえて指摘するのをやめた。

「わかりました。それじゃ動かしますよ。こんな感じです」

 摘んだ須藤課長の人差し指を、いつものように動かしたのに、みーたんは無視を決め込んで、そのままお眠りになった。
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