私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
(須藤課長のはじめてのキスがあんなにうまかったのは、高藤さんのアドバイスのおかげだったんだなぁ)

「ヒツジちゃんのその顔、須藤課長とナニかあったのは明白やね」

「僕のアドバイスで、ヒツジちゃんが須藤課長を意識してくれたらいいなと思いながら、いろいろレクチャーしたんだよ」

 レクチャーしたと言った高藤さんの表情は、今日見た中で一番穏やかに見えた。高藤さんのことが好きな女性が見たら、きっとドキドキするんだろうなっていう面持ちだった。

「高藤、包み隠さずにすべて明かしてもらおか。おまえが安心してここで仕事ができるように、僕らは全力で手を貸すで」

 ずっと渋い表情だった猿渡さんも、いつものようなおちゃらけた雰囲気になったことで、間違いなく高藤さんは話しやすくなっただろう。

 場が和んだところで、温かいお茶でもあったらいいかと考え、そっと部署を抜け出した。

(松本さんもずっとモニターとにらめっこして疲れているだろうし、少し休憩するきっかけになればいいなぁ。きっと作業効率があがるハズ!)

 部署の目の前にある給湯室に、急いで向かいかけたら。

「雛川さん!」

 営業部の方角から、新人の頃にお世話になった女性の先輩が駆け寄ってきた。

「片桐先輩!」

「経営戦略部ではどう? うまくやれてる?」

「ありがとうございます。なんとかやっています……」

 経営戦略部に所属している全員が個性的すぎて、毎日大変だとは言えない。

「須藤課長とはどう?」

「そ、それなりにやってます」

「それなりにって、変な濁し方をするのね」

「変と言われましても……」

「ちょっと、こっちに来てくれない?」

 エレベーターホールとは、逆のほうに引っ張られた。人気の少ない薄暗い階段に向かうことで、誰にも聞かれたくない話をすることがわかったのだけれど。

「片桐先輩、掴んでる手が痛いんですが」

「なんで雛川さんなのかしらね」

「はい?」

「私、須藤課長が好きなの。アナタさえいなくなれば――」

 片桐先輩は私を掴んだ腕を強く引っ張り、あっと思ったときには階段の踊り場から躊躇なく落とした。

「ヒッ!」

 ふわりと浮いた感覚を体に感じた瞬間、助けを求めるようになにもない空間に腕を伸ばしたら、すごい力で誰かに手を掴まれた。目に映った須藤課長は掴んだ右手をグイッと上に向けて引っ張りあげながら、空いた手で片桐先輩を壁際に押す。

 引き上げられた反動で、床に強く叩きつけられた私の体と入れ違いに、目の端に須藤課長が落ちていくのがわかり――。

「須藤課長っ!」

 振り返って声をかけたときは、須藤課長はゴム人形のように下に向かって転がり落ちていく。
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