私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
「おはようさん! 今日も一日元気に出勤、めっちゃ気張るで!」

 扉が開いた瞬間から、煩い関西弁が部署に響いた。

「おやおや、ここにかわいい女のコがおるなんて奇跡やん。どないしたん?」

 糸目をちょっとだけ見開いて、私をまじまじと見つめる。

「猿渡さん、彼女は営業部から異動してきた雛川愛衣さん。須藤課長がヒツジさんとあだ名をつけました」

 自ら挨拶しようと思ったのに、山田さんが先に異動のことを口にした。

「あ~、なんかやらかしちゃったんやね。ご愁傷さま。全然関係ないんやけど、牧島コーポレーション名古屋本店の直轄支店に、新しい支店長代理がどっかから栄転したんやて。めっちゃイケメンで、女子社員の仕事がぎょうさん捗ってるらしいで! きっと「キャーすてき!」なんて言われながら、支店長代理のお仕事しとるんやろうなぁ。相手は責任の重い仕事しとるのに、自分を見てほしい一心で、厚化粧を塗ったくって仕事しても、まーったく見てもらえん状況が目に浮かぶわぁ。僕なら全員お相手してあげるのに」

 こっちが驚くぐらいに、ひとりで喋り倒す猿渡さんに圧倒されてしまい、挨拶するタイミングを完全に逃してしまった。

「相変わらず大企業についての情報は、猿渡さん経由で耳にすると、たいしたことのない情報に思えますね」

 盗聴盗撮が得意な松本さんが舌打ちして自分のデスクに座り直し、ほかにもなにか文句を言い続けた。

「あ、ヒツジちゃん、猿渡さんはウチの会社の大口取引先の社長の親戚筋なんだ。そんな経緯でいろんな企業のパイプを持っているみたいで、こうして教えてくれるんだよ」

「そうなんですね。勉強になります……」

 山田さんが気を遣って丁寧に説明してくれたおかげで、猿渡さんに話しかけるきっかけができた。

「それでヒツジちゃんは、営業部でなにをやらかしたん?」

 いきなり投げかけられた質問は、あっさり答えることのできるものだったけれど、思わず口を噤んでしまった。理由はほかの職員の視線が、痛いくらいに私に集中したせいだった。

「ぁ、あの……」

「そのことについては――」

 瞬間的に私が困ったことを悟った山田さんが、代わりに説明しようとしたら。

「山田、お節介が過ぎるぞ。ここはみんなで当てていくところだろ」

 チャラそうな高藤さんが、山田さんの口をとめた。胸の前で腕を組みながら、私のことを値踏みするようにじっと見つめる。

「僕の予想は上司と不倫。いけないオフィスラブに夢中になりすぎて、上司のデスクで騎乗位かましちゃった系? 僕はいつでもそういうのOKだよ」

「不倫は俺も思った! でも騎乗位じゃあないな。ヒツジちゃんのキャラを考えると、デスクに手をやりお尻を突き出しながら、舌なめずりで上司を誘って、バックでずっこんばっこん!」

 せっかくのイケおじを台無しにする原尾さんのセリフに、頭が痛くなってきた。しかも私のキャラっていったい……。
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