私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
「引き抜かれたとしても猿渡さんとしては、須藤課長に対する不信感が拭えなかったんじゃないですか?」

 恐るおそるという感じで訊ねた山田さんに、猿渡さんは糸目を細めて、へらっと笑ってみせた。

「僕の意見を聞く前に、直属の上司にお伺いしたのをちゃっかり録音して、わざわざ聞かせてくれたんや。『猿渡はウチの課に必要ない』ってな」

「そんな……」

 山田さんが口にする前に、私の口から言葉が出てしまった。これが自分のことなら、落ち込むところまで落ち込んでしまう。

「そりゃそうやろ。適当に仕事して、上司にゴマばかり擦ってる職員のひとりが抜けたくらいで、仕事が回らなくなるなんてないやん」

「異動後は納得して、仕事ができたんですか?」

 猿渡さんに気を遣いながら、山田さんが問いかけた。

「納得するもなにも、見える形で異動させられたんやから、須藤課長の言いつけどおりにやるしかなかったし、互いにやり合った後だから、ゴマなんて擦る必要なかったのは、実際すごく気が楽やったわ。ほかにも重役出勤認めてくれとるし、結果的にはストレスフリーでお仕事させてもらってる」

(私を異動させるのも時間をかけたと言ってたけど、多分それはほかの人も同じだよね。そして相手の性格を見極めて本人が納得するように、須藤課長は経営戦略部に異動させていたんだ)

「山田は須藤課長のこと、あまり好きじゃないみたいだけど、それでもあの人に追いつこうとして、今回不倫した感じなんやろか?」

「言ったでしょ。そんなんじゃないって」

「今このタイミングで山田に抜けられたら、困るのは須藤課長なんやで。数字関連の仕事を完璧にこなすことができるのは、山田しかいないんだから。疲れで正確さを無にしたくない、須藤課長の気持ちを汲んでやってほしいわ」

「そんなこと言われても――」

「ヒツジちゃんはコーヒーの準備、して来てええよ。須藤課長が電話で煮詰まる前に、美味しいの持って行ったら喜ぶと思うで」

「わかりました。失礼します……」

 猿渡さんが話が長引きそうなことに気づき、タイミングよくこの場から抜け出ことができた。

 それはきっと私には聞かせたくない話を、これから山田さんとするためなのかもしれないけれど、猿渡さんと話したことで山田さんが不倫を解消できればいいなと思わずにはいられなかった。
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