君の隣にいるのはずっと私だと思ってた
 彼が振り返ると、その顔はやはり怒っていて、朱夏は怯んでしまう。

 それでも尚に嫌われたくなくて……。


「……ねえ、尚。お願いだから、……嫌いにならないで」


 震える声で懇願する。嫌いにだけはなってほしくなくて、何度も彼にお願いする。
 そこに今まで会話に入ってこなかった香菜が口を開く。


「尚くん、倉本さんのこと嫌いにならないであげて。私なら大丈夫だから。私も誰かに尚くんをとられたら、きっとあんな風になっちゃうと思うから」

「でも……」

「いいの。倉本さんの気持ち私もわかる。だから倉本さんのこと嫌いにならないで」


 怖がって黙っていたのかと朱夏は思っていたので、その声があまりにも落ち着いていたことに驚く。

 そして、その偽善者のようなことをペラペラと喋るので、尚に嫌われたくないという思いから消えていた朱夏の苛立ちがまた戻ってくる。
 でも先程のように感情に任せて香菜を貶すことはない。

 尚に嫌われたくないのもあるが、彼との会話の間に少し落ち着いたのだ。

 冷静になって考えてみると、己の言ったことは香菜のことを傷つけた。少し冷静になればそんなのわかったはずなのに、朱夏は感情に任せてあんなことを言ってしまったことを反省していた。
 けれど、この苛立ちをどこにぶつければいいのかわからなくなり、朱夏は手を強く握ることしか出来なかった。
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