「 」を贈る
はらりはらり
私の膝の上に紅葉によって色が黄色に染ったイチョウの葉が一枚ゆっくりと落ちてきた。辺りを通り抜ける風が頬にあたり体を震わせた。
もうこんな季節になったのだ。
それでも暖かい日差しは変わらず、君と出会った日のことを思い出させる。
もう何年目だろうか、この気持ちが私の心に居座るのは。
もう何年目だろうか、この気持ちを伝えられないのは。
私は落ちてきたイチョウの葉をはらり、と地面に落としてやった。
▷▷▷
私には小さな頃からずっと隣にいた幼馴染がひとりいた。幼馴染の名前は弥生。幼稚園、小学校、中学校、高校、ずっと一緒で毎日いっぱい喋って笑って楽しんで時には喧嘩して、でもちゃんと仲直りして。
そんな幼馴染いた。
高校三年生のある日、7時間目のHRの時間に先生が進路の話をし始めた。高校に入りたての頃は考えていなかった大人になるための第一歩。それが気づかない間に目の前にまで迫っていた。
そうか、もうそんな時期なんだ。
先生が話している言葉をぼーっと聞く。私には将来やりたいことなんて全くもって思いつかないので将来ちゃんとした生活を送れるようにそれなりの大学に進学しよう、と考えるだけ。
ちらりと斜め前に座ってる弥生の背中を見る。
彼は小さな頃からマジックを私の目の前で披露してくれていた。彼の父は世界的に有名なマジシャンだった。彼も彼の父の後を追ってマジシャンになるんだろうか。頬杖をついてカクカクしながら先生の話を聞いているのか聞いていないのか。そんな彼の考えていることは私にはわかるわけもなく、授業終わりを告げるチャイムが鳴った。
「おい、早く帰ろーぜ」
ふと目を開くと目の前には先程先生の話を聞き流していた弥生が不機嫌そうに立っていた。
え、あれ。いつの間に授業終わったんだろう。周りを見渡しても私と弥生以外誰もいなかった。
弥生が寝ているとかなんとか言っていたの私なはずなのに、立場が逆転してしまっている。時計を見ると授業が終わる時間から20分ほど過ぎてる。なのに目の前に立っている弥生。ずっと待っていてくれたんだろうか。
「ごめん、寝てた。」
「ずっと呼び掛けてるのにお前ずっと寝てるから帰る時間ちょっと遅くなっちゃったじゃねーか。見たいテレビ始まっちまう。」
「ほんとにごめん!でも待っててくれてありがとう。」
「……おう。」
机の中に入っていた教科書等をカバンに詰め込み帰る準備をする。
窓からさす夕日が教室に入り教室には私たち二人しかいないことが強調される。私は視線を窓のほうに移し夕日が沈む場面を見た。なんとも幻想的な風景だ。それが伝わったのか、弥生も「綺麗だな」と一言呟いた。
身支度も終わり弥生の方を向いた。
「じゃあ帰ろう?」
「おう」
私はこのなんとも言えない当たり前の日常が大好きだった。
▷▷▷
そんな日常が壊れたのは高校卒業の日だった。朝から卒業式があって仲のいい友達とも涙ぐみながらまた会おうね、とか離れても仲良くしてね、など言い合う。当たり前だった日常が終わる瞬間、そして新しい日常が始まる瞬間だった。みんなと話して泣いて笑った後、弥生は私の方を向いて手招きをしてきた。それが私だと気づいたのは早く弥生の元へ駆け寄った。耳を貸せと言われたから大人しく耳を傾ける。すると弥生は近くに友達がいないのを確認してコソコソと話しかけてきた。
「海行こーぜ」
なんでまたそんな所。
一瞬否定的な言葉が頭の中に浮かんだが、「まぁいいか、今日くらい」と考えて先に歩く弥生の背中を追いかけた。
ザパァン……波が岸に押し寄せる。学校の近くにある海は近すぎて来たことがなく3年間ずっと通っていた場所だったのに、惜しいことをしたなと思った。
ザパァン……また波が押し寄せる。そこを私たち二人歩く。どちらとも何も喋らない。静寂な空間。先に行く幼馴染を追いかける形で私は歩く。なぜ私をこんなところに呼び出したのか。大体の検討はつくけど。
それでもまだ喋らない。静寂な空間は続いたまま。
弥生が立ち止まった。そろそろ日の入りだ。海が空が紅く染っていく。立ち止まった弥生は私の方を振り返った。とても真剣な顔をして射抜くような視線で私を見る。
そんな目で見ないで。
きっと私はそんな目をしているんだろう。それできっと弥生は悲しさを混ぜた視線を送ってきてるのだ。
言うなら早く言ってよ。
そう私が思った矢先、少し息を吸う音が聞こえた。あぁ、もう準備が出来てしまったのか。
「……俺、明日から海外行くんだ。プロのマジシャンになるために。」
……わかってた。わかってたよ。
いつか絶対私と弥生は違う地で生活をする。お互いが自分の時間を歩むことになるって。
それを。その弥生のしたいことを否定することなんて私にはできない。離れたくはない。けど否定したい訳じゃない。
なら私が出す答えはただ一つ。
「行ってらっしゃい」
笑顔でさよならを言うこと。
今、私多分泣いてる。それでも私は笑顔を絶やすことはしない。
目の前の弥生は悲しそうな顔をしている。けど次の瞬間には
「行ってきます」
その声が聞こえた。
沈んでいく夕日の紅が海面に反射してキラキラと光っている。
とても、とても綺麗だった。
……海外でマジックをするのはとても大変なことだと思う。私なんかが何を知ってるんだという感じだけど、それでも私は応援したい。
ああ、やっとわかった。
私があなたに対して思っていること。
「海が……海が、綺麗だね」
「そうだな。」
溺れるほど、大好きでした。
▷▷▷
『誰か私のことを好きになってください。』
こんなこと書くくらいなら自分で行動してどうにかすればいいのに。
▷▷▷
弥生と別れたあの日から3年という月日が流れてしまった。
生活を送る中でいつも隣にいた弥生がいなくなり最初こそ戸惑ったが、1ヶ月もあれば弥生がいない状況にも慣れてしまった。このまま生活を送るのに不安がないかと聞かれれば答えはNoだ。3年前のあの日に弥生のことを好きだと気づいて、でも気づいたタイミングが悪すぎて笑顔で海外に送り出してしまった、私の好きな人。想いを伝えることも、好きだと思うことも許されなかった気がした。私の中にはまだ3年前の弥生が居座っている。
それから私は弥生のことを忘れようと努力した。だから一生懸命、弥生がいない生活に慣れようと色々なことを始めた。一番の変化は週に2回、最寄り駅の近くにある英会話教室に通い始めたことだった。
なぜ入ろうと思ったのか、深く考えるのを放棄した。ただ、なにか熱中できるものが欲しかった。
「お客様、こちらの商品いかがですか?」
英会話教室に行く途中、大学の授業中にインクがなくなったボールペンのことを思い出して文具屋に向かった。
英会話教室が始まるまであと20分ある。これなら余裕でボールペンを買う時間があるだろう。
ボールペン売場をフラフラと探している時、私と同い年くらいの女の子が声をかけてきたのだ。
声をかけてもらったはいいけど、買う目的でない商品を勧められても困る。私が今探しているのは超極細のボールペンだ。この店員さんが持っているのは付箋。私は書かれるものが欲しいのではなく書くものが欲しいのだ。
だから勧めてもらったはいいけど、ちゃんと断らないと。
「ありがたいんですけど、ボールペン売場ってどこですか?」
「えとあちらを右に曲がったところです。ところでお姉さん。この付箋不思議でね。全部で300枚あるんですよ。その300枚に自分の願い事を書くと願いが叶うらしいです。頻度は1日1枚でも1週間に1枚でもなんでもいいみたいです。少し前にこれが外国で流行って、やっと日本に入ってきたんですよ。良かったらお試し用の付箋もあるので、どうぞ。」
手渡されたのは青色の付箋。300枚もあるからだいぶ分厚いのだけれど、タダだと言うのなら貰っておこう。
「ありがとうございます。願い事の、やってみますね。」
試してみてもいいだろう。どうせ叶うことの無い願いごと。なら、このちっぽけな青色の紙に少し縋ってもいいだろうか。
『ずっとずっとほんとに好きだったんだよ。』
テレビから聞こえてくるドラマのワンシーン。毎週欠かさずに見てる訳では無いドラマだったがテレビをつけたらやっていたのでなんとなくそのまま流してみた。
そのシーンはある女の子が大切に思っている男の子と離れ離れにならなければいけない、そんなシーンだった。
まるで今の私みたい。
そう考えたらこの主人公の吐いたセリフも共感できてしまう。でも
『誰か私のことを好きになってください。』
このセリフだけは理解できなかった。そのセリフを吐くくらいならメールでも手紙でも電話でも何でもしたらいいのに。私は会えない分、3年前はしなかったメールをやり取りしている。まぁ、きちんとやり取りをしていたのは最初の1年だけ。離れてから2年目に入ってからは弥生は本格的にマジシャンとして海外で活動し始めた。全国ツアーをすると宣伝していた街中の電光掲示板には驚かされたものだ。
だから、弥生は忙しい。私からのメールの返事も打てないほどに。
そして離れてから3年目。毎年どんなに忙しくても祝ってくれていた私の誕生日にメールは来なかった。期待していたわけじゃない。来ないだろうなと思っていた。けれど少し、少しだけ楽しみにしていた。ほろりと1粒流れ出た雫に私は気付かないふりをした。
もう、弥生と一年近く連絡もやり取りしていない。
ちらりと見た机の上にはあの店員さんから貰った青色の付箋。どうせ叶いっこないのだから。
袋から付箋を取りだし、付箋を貰った文具屋で買った新品のボールペンで1つ願い事を書いた。
『会いたい。』
▷▷▷
英会話教室の近くの駅はレンガ調の建物になっている。その建物の目立たないところに私はあの日書いた付箋を1枚貼った。家に貼っているとどうしようも無い気持ちにかられるので毎週2回この場所に付箋を貼ることにしたのだ。
「よし、今日も頑張るか。」
そう一言呟いて私は駅から出ようと英会話教室がある方向に足を傾けようとした。
誰かが言った。「そう言えば、あの世界的に有名なマジシャン。世界ツアーするみたいだね。」と。
その話に私は釣られて見てしまう。
「誰だっけ、あの、時代の名前。あー、」
「「yayoi!!」」
名前を聞くだけで目が潤むなんて。私も弱くなったもんだ。
名前を呼ばれた人を思い浮かべる。涙は流れないように上を見る。
空には満点の星空。
「星が、綺麗……ですね」
あなたは今どこに居ますか?
きらめくステージの上に一人で立っていますか?
私の知らないその笑顔で私の知らないその声で、世界中の人を虜にしているのでしょう。
私があなたのことを好きだと思うこともきっとあなたは知らないのでしょうね。
▷▷▷
どうかあなたが幸せでありますように。
▷▷▷
付箋に願いごとを書いて今日で300枚。最初はなんだかんだ続かないと思っていた。ただ、『会いたい』と書かれた紙は積もり積もって行くだけ。
いつまでも叶うことは無かった。
だから今日で終わりにしよう。
そう決めて今日は最後の付箋に書いた文字を胸に留めて願いを込める。
「どうか貴方が元気でいられますように。どうかあなたが幸せでありますように。どうかこの願いが叶いますように。」
表向きはあなたのことを思って書いたこと。私の本当の目的は『けじめ』をつけること。300枚自分の願いを書くことによってやっと、決心がついたのだ。
『誰か私のことを好きになってください。』
もう一人でいるのは嫌だった。いつ帰ってくるかわからない人を待ち続けるのに自信がなかった。
これは私の最後のわがまま。
本当は待ち続けたい気持ちでいっぱいだった。それでも気持ちは知らぬ間に少しずつ傾いてしまう。
だから、諦めたのだ。待ち続けることを。愛することを。
ピリリリリリリリ……
大きな音で着信を受け取るスマホをカバンの中から出した。画面は公衆電話から、と書かれている。
画面をスライドさせスマホを自らの耳元に持ってくる。
「え、なんで……」
言葉を聞いた瞬間自分の耳を疑った。記憶より少し低い男の人の声。ここ数年ずっと聞いていなかった幼馴染、弥生の声が聞こえた気がした。
「……もし、もし?」
幻聴じゃないことを確かめたくてもう一度スマホを耳元に移し、相手の声を聞くことに専念した。
「あ、久しぶりだな。」
「うん……。ほんとに久しぶり。どうしたの?滅多に電話なんてしてこなかったのに……もしかして、何かあった??」
私がいくら連絡を入れてもここ3年、何も反応がなかったのだ。なのに、諦めようと決意したこの日に連絡があったのだ。なんで今更連絡なんてするんだろう。やっぱり何かあったから連絡したのかな、と気になる。
「はぁ??……まぁ、何かあったっちゃあったけど。」
「やっぱり……。何かやらかしたの?」
「……はぁ???なんで俺、やらかした前提なんだよ。悪いほうじゃなくて良いほう!」
「え…?」
何かあったというものだから全てをマイナスに考えていた。
じゃあ弥生の言う「良いほう」って何……?
「あのな、聞いて驚くなよ。俺、日本でツアーすることになったんだ!」
その言葉を聞いた途端、自然と私の顔には笑みが浮かんだ。それと同時に涙も。弥生の少し浮かれてる声からスマホの向こうでは満面の笑みで私に電話をかけてきたんだろう。
「……よかったね。」
「おう!ずっと俺の夢だったから!!」
涙が止まらない。
ずっと一番近くで応援してたんだ。お祝いの言葉をあげないと。それでも意志に反して涙は溢れるばかり。
日本でツアーということは離れている距離は海外から日本に変わるのだ。そう考えたらだいぶ近くなった気がする。ただ、物理的に近くなっただけ。心はどうしても溝を深めることしか出来ない。
離れてることがこんなにもしんどいなんて思わなかった。待つことが出来ないなんて考えてもやまなかった。
「頑張ってね。」
そうただ一言だけ呟いて、私は電話を切った。
私はもう諦めたんだよ。今から300枚目を貼りに行くんだ。決意を揺らがすものはもう、要らない。
ペタリ……
貼った。貼ってしまった。
その事実に不思議と涙が溢れてくる。止めようとしても溢れてくる涙。今日だけ。今日だけ泣くことを許してもらおう、私自身に。
▷▷▷
はらりはらりと落ちるイチョウの葉は鮮やかな黄色でとても魅力的だった。あの日書いた私の最後の願い『誰か私のことを好きになってください。』は次の日見てみると無くなっていた。きっと、清掃員のおばさんやらおじさんやらに捨てられてしまったのだろう。このイチョウの葉とともに。
これでようやく前に進める。私はもう振り返らない。
だから
「もう、私の中に居座らないで……」
胸の当たりを強く押してもなかなか貴方は消えてくれない。あの日よりはだいぶ和らいだ。それでもたくさんの日々を過ごしてきたせいかこの思いをすぐに断ち切るなんてことは出来なかった。
はらり、イチョウの葉が舞う。
1枚のイチョウの葉に目を付けて風に飛ばされているのを追いかけていった。追いかけた先にあったのは見慣れた黒色の使い古した少しオシャレなスニーカー。
はっと気づいた時には遅かった。降ってきた声と降ってきた重力。あの日に捨てたはずの思いが詰まった涙がまた、溢れてきた。
「……やっと会えた」
こっちのセリフだよ、ばか……
▷▷▷
周りの人は怪奇そうに私たち二人をちらりと見て通り過ぎていく。
それにわざと気付かないふりをして目の前の人のことだけを頭の中で考える。
諦めるって言ったばかりじゃない。
すぐに約束を破る私。本当に自分に甘いのね。
「……なんでいるの?」
日本ツアーは来月からで、今はまだ海外にいるはずじゃ……?
「だって……会いたかったから」
私だって会いたかったよ。ずっと。
待っていたかったよ。ずっと。
「……私は会いたくなかった。」
だから嘘をつく。
私はこんなにも我儘なんだ。会いたいと願っても会えない。待っていようと決めたのに、待てなかった。
きっと、そんなことが無かったとしても私は彼に会いたくない。きっと私は彼の夢を邪魔する存在でしかないのだ。
せっかくそれら全てをあの日に捨てたはずなんだよ。これは私の決意なのに。
「会ったら決意が揺らいじゃうじゃない……っ!!」
「……もう、一人は嫌なの。振り回されるのは嫌なの。もっと人生楽しみたいの。だからもう会わない。会いたくない。」
違うよ。弥生無しで人生楽しめるわけないのに。その言葉は心の奥に閉じこめる。代わりに正反対のことを口に出す。
一気に喋ったせいで少し息が上がる。私の話を聞いて抱きしめる私の身体に少し力が入った。きっと弥生も動揺してる。
「俺はずっと会いたいって思ってた。一日たりとも忘れたことなんてなかった。」
その言葉を聞いてまた涙が溢れだす。嫌われている訳では無い。捨てられた訳でもない。ちゃんとこんなにも思ってくれていた。
「……忙しくて、連絡出来なくてごめん。早く大きな舞台に上がれるプロのマジシャンになりたくて。とりあえず、がむしゃらにマジックを練習してて。……早く会いたくて。」
「……」
「でも、なんなんだよ。この紙は。」
そう言って弥生は私の顔を持ち上げて顔を見た。必然的に私も弥生を見てしまう。しかもかなりの近距離で。いつもならドキドキとときめく心は違う意味でドキドキとしている。
彼の手にはあの日私が書いて貼った青色の付箋があった。
『誰か私のことを好きになってください。』
「待っててくれって言ったのに……っ!!」
待つつもりだったんだよ。
「だってっ!!!!連絡が無いから、私はずっと連絡してたのに、この三年間一回も連絡なんてしてこなかったじゃない!私だって待つつもりだったよ。何があっても。でも、連絡ひとつもよこさない、いつまでたっても会えない。もうずっと不安だったんだよ。私の周りだってたくさんお付き合いしてる人がいるのに。私だけ一人。いつまでたっても。そう考え始めたら何のために私、弥生を待ってるのかわからなくなっちゃった。とにかく、もう一人でいるのは嫌だった。待つことが出来なかった。本当にごめん。
私はただ、連絡も毎日返せとは言わないから少しだけ欲しかった。私だってずっと会いたかった。弥生の隣に立ちたかった。」
きっと考えてたことはお互いに同じだ。会いたい。離れたくない。そばにいたい……。
ただそれだけだった。
「……私も、本当はずっと会いたかったよ。」
涙で前が全く見えない。ただ、それにあるのはいつの間にか私たち二人を見守ってくれているお月様。
本音で語った私を心做しか優しい光で包んでくれている気がする。
今夜は空気が澄んでいる。
きっと今日が人生で一番月が綺麗に見える日だ。
もう少しだけ今この瞬間私を抱きしめてくれる人の事、信じてみようかな。三年なんていう長い年月が経ってしまったけれど、ちゃんと会いに来てくれたじゃない。もうそれでいいじゃない。自分でもわかってる。ずっと私は弥生が好きでこれからも弥生のことを好きでい続けるだろう。
きっと、私はこの人への思いを一生捨てることなんて出来ないのだと。
空を見上げた。
月はいつまでも見守ってくれている。
なら、少し掛けてみよう。目の前の彼を、私が愛するこの人を。
精一杯の私の告白で。
息を吐いてぎゅっと抱きしめる力を強くする。
「ねぇねぇ、空。見てみて。月が綺麗ですね。」
「……死んでもいいわ。」
もうこんな紙、私には必要ない。