【完】終わりのない明日を君の隣で見ていたい
「え?」
彼の腕の中、思わずぱちりと瞬きすれば、皇くんが耳元で感情を押し込めるような声音を吐き捨てる。
「あんた、むかつくんだよ」
「な……」
やっぱり怒ってる……!と恐怖に背筋をぴんと伸ばすと、皇くんはいっそうわたしを囲う手に力を込めた。
「あいつに嬉しそうに尻尾振ってんじゃねぇよ」
「え?」
けれど、その声音を染めるのは怒りではなかった。まるで、おもちゃを取り上げられて拗ねている子どものような声。
「桃は俺の獲物だ。この勝負、負けねぇから。あいつはあんたのことなんて、なんとも思ってねぇんだよ」
この状況にばかり気を取られていたわたしはそこでハッとして、皇くんの体を強く押し返し、腕の中から逃れた。
「それでも先生を想う気持ちは変わらない……! それに皇くんだって、わたしのことなんとも思ってないじゃない!」
「え」
「それじゃ!」
思い切り声を張って、呆気にとられたような皇くんを残しその場から駆け出す。
先生のことばかり悪く言うけれど、皇くんだって皇くんだ。わたしを自己満足の道具にしか考えていないのだから。皇くんといると、振りまわされてばかりだ。
きつく抱きしめられた余韻が、体いっぱいに残っている。ちっぽけな独占欲からああしたのだろうけど、なにも抱きしめる必要なんてなかった。
リノリウムの床を蹴る足は、なぜか空気を蹴っているようだ。
きゅっと胸が締めつけられ、その感覚からどうにか逃げ出したかった。