猛獣御曹司にお嫁入り~私、今にも食べられてしまいそうです~
首をかしげていると、遠く近づいてくる影。

「奥様、お客様がいらしてます」

甲本さんが呼びに来た。私にお客?誰だろう。
野良仕事用のジャージとTシャツのまま、植松さんに案内されて庭をぐるりと周り母屋の玄関に向かう。
玄関には見知った背格好の男の人がいる。スーツ姿の背の高い彼は……。

「諭!」

私は大声をあげた。
日下部諭が振り向いた。
私が屋敷の玄関から出てこず、裏から回ってきたことに驚いたようだ。だけどその顔は満面の笑み。

「幾子お嬢さん!」

私は飛びつきたい衝動を抑えた。ずっと会いたかった諭が目の前にいる。父の部下で私には肉親同然の諭。
諭の顔を見たら、この二週間、新生活に慣れたようでその実すごく寂しかったのを痛感した。

「今日はどうしたの?急に。連絡くらいしてよ」
「仕事や、仕事。マスカット航空と打ち合わせ。機内販売品に甘屋デパートの品をって話、覚えてるか?」
「覚えてるけど、あれ諭がやるの!?」
「そうや。社長から引き継いだ。大仕事になるわ」

諭が嬉しそうにくしゃっと顔を歪める。懐かしい笑顔にちょっと泣きそうになった。

「おやおや、幾子さん。お客さんかい?」

玄関に奥から現れたのはお義父さん。うるさくしてしまっただろうか?私は慌てた。

「お義父様、父の部下の日下部が訪ねてきてくれました。私には兄のような存在です」
「はじめまして、日下部諭と申します」

諭が折り目正しくお辞儀する。表情は懐っこい笑顔だ。
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