猛獣御曹司にお嫁入り~私、今にも食べられてしまいそうです~
「そぉか?京都来てひと月目くらいの夜、幾子お嬢さん心細くなったんでしょう。眠れなくて階段に座ってしくしく泣いてはるんです。話しかけても泣いてばかりで、キッチンに引っ張ってって、ミルク沸かして砂糖ドバドバ入れて飲ましたんですわ。そうしたら、虫歯になる~って泣きながら、それでも全部飲んで最後笑ってました」

諭が明るく笑い、私も恥ずかしくも懐かしい思い出につい頬が緩んでしまった。そう、あの時、母に会いたくて寂しくて涙が止まらない私に甘ったるいホットミルクを作ってくれたのは諭。
『悲しくなったら、またこれ飲もな』と言ってくれたのは諭。

私にできた母以外の家族は諭だった。だから、諭に嫉妬せずに済んだ。

「幾子お嬢さんは俺の可愛い妹です。三実さん大事にしたってください」

諭が頭を下げると、三実さんが低い声で答えた。

「もちろんです」

なぜだろう。その低い声にぞっとした。
顔をあげると、三実さんの瞳だけが笑っていない。表情は温かな笑顔なのに、瞳だけが冴えているのだ。

頭を下げている諭は彼の瞳が見えないだろう。
私はひとり息を飲んだ。どうしよう、この場の不穏な空気は、私だけが感じているものなの?



その後、コース料理を楽しみ、三実さんと諭は仕事の話を熱心にしていた。業務提携などではなく、それぞれ今手掛けている仕事や業界の話。私にはわからないことも多く、にこにこ相槌を打つだけになってしまったけれど。和気藹々としたムードに、一応はホッとした。

諭と三実さんは仲良くなれそうだ。
さっき、三実さんが怒っているように見えてひやっとしたのも、気のせいかもしれない。やはり、私が過敏すぎるのだ。三実さんに対して顔色を窺いすぎなのだろうか。
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