猛獣御曹司にお嫁入り~私、今にも食べられてしまいそうです~
日曜日、三実さんは隣県の海まで連れ出してくれた。海水浴客で込み合う砂浜ではなく風光明美な丘にあるレストランだ。
雰囲気のいい大人向けのフレンチのお店で、こういう場所に連れてこられると気おくれしてしまう。ランチはまだいい。ディナーなんかは緊張する。

そもそもこうした場所で食事した経験が京都時代にはほとんどないのだ。馴染みの懐石のお店くらい。そこだって、父の仕事に付き合って数回だ。
社長令嬢だったとはいえ、父は私を放置気味だった。この前、諭と仕事で来て、お義父さんや私たちと会食した時だって、私に話しかけることなんかなかった。

諭と血縁であると私が知ったことは考えにないはずだけど、本当のことを言えば父の口から釈明が欲しい。母と結婚する前のことだとか、本当に純愛だったとか……納得できるかは別として父の口から腹違いの兄について直接聞きたい。
きっとそんな機会は訪れないのだろうけれど。
まあいいんだ。諭が本当のお兄ちゃんだったことは嬉しいし、この先実家のことは諭が万事切り盛りしてくれるなら安心だ。

「幾子?」

名を呼ばれ、私ははっと意識を戻した。三実さんが向かいの席で私の顔を覗き込んでいる。

「ごめんなさい!ぼうっとしてしまいました」
「誰のことを考えてるんだ?」

声は明るくふざけてるのに、目の奥で炎が揺らめいている。
以前は怖いと思ったり、気のせいだと言い聞かせた彼の態度が、かなり本気度の高い独占欲だと知ったのは動物園デートの日から。
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