猛獣御曹司にお嫁入り~私、今にも食べられてしまいそうです~
二日後、私は都内にある祖父母の家にいた。
幼い頃から12歳まで育った古い洋館じみたこの家こそが私の実家で、思い出す故郷はここだった。そんな懐かしい家のリビングにはスーツケースや配送用の段ボールが積まれてある。

「お母さん、これ全部持って行くの?」
「そうだけど?」

呼び出したのは母なのに、本人はちっとも出迎える様子ではなく、忙しく動き回っている。荷造りが終わっていないそうだ。

「ごめんね、幾子ちゃん」

母の代わりの言うのはソファにかけた君島のおじさん。母の恋人だ。
先日父との離婚が成立した母は、めでたくイタリアに渡るのだ。君島のおじさんのお仕事で、何年かはあちら中心の生活になるという。

「琴子ちゃんと落ち着いたら向こうでお式をあげる予定だから、その時は幾子ちゃんも来てほしいな」

琴子は私の母の名前。離婚後六カ月たったら入籍できるんだったと思うけれど、式も挙げるんだ。
君島のおじさんは初婚で、母の大事な人になって十年ほど経つ。私にも優しくて、父親と思ったことこそないけれど、母みたいな激しいタイプの女性をもらってくれるのはありがたい。

「私たちは、イタリアまではいけないけどね」

祖父が向かいのソファで不満げに言う。祖母がお茶をお盆にのせて戻ってきた。

「いいじゃないの。あんまり何度も娘の花嫁姿を見てもしょうがないわよ」

もう高齢の祖父母は、確かにイタリアまで渡るのは厳しいかもしれない。私の結婚式は甘野の家に遠慮して参列しなかったのだ。

「君島さんみたいないい人が琴子をもらってくれるだけでありがたいわ」

祖母がしみじみ言う。ずっと実家に寄生し、好きな仕事をしつつ祖父母と喧嘩ばかりだった母。祖父母もひとり娘とはいえお疲れ様だ。
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