猛獣御曹司にお嫁入り~私、今にも食べられてしまいそうです~
「母屋の方にお客様がお見えです」
「私にですか?」

甲本さんは曖昧な雰囲気で「はい」と答える。変だ。誰か尋ねてくる人のアテはない。

「わかりました。向かいます」

帰って来たままの格好で、母屋へ向かう。やってきたのは応接間らしき洋室。金剛家はこういったお座敷や洋間が多いので、よくわからないのだ。

ソファに女性が腰かけている。髪は低い位置でシニョン、スレンダーな体型の女性だ。年の頃は三十代前半だろうか。美人だけど気が強そう。うちの母と雰囲気が似ている。

その隣には小学生くらいの男の子が座っている。色白で細く小柄な男の子で、私立の小学校の制服を着ていなければ、幼稚園児に見えるくらいだ。

私は室内に入った瞬間にぞわぞわっと嫌な予感が足元から這いあがってくるのを感じた。
まさか……いや、私を訪ねてくる理由がわからない。
でも東京に来ているとさっき母が……。

立ちすくむ私に彼女が先に反応した。
すっくと立ちあがり、きりりとした瞳で私を見据える。

「あなたが幾子さん?」

私はおずおずと「はい」と答えた。消え入りそうな声になってしまった。

「私は志信(しのぶ)と言います。この子は信士(しんじ)」
「……はじめまして」
「私、三実の婚約者だったの、以前ね」

ああ、嘘でしょう。会うこともないと思っていた元婚約者さんがなぜかなぜか金剛家に現れたんですけれど……。

「私とこの子、しばらくこちらで御厄介になるのでよろしくね」

志信さんはにこりともせずに言った。
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