極上パイロットが愛妻にご所望です
「も、もうしたくせに」

「あれはキスって言えないの。一秒ほど触れたくらいだろ。だから物足りない」

 しれっと言った朝陽の頬を、両手で軽く引っ張った。すると、あっという間に逆転し、両手を掴まれた私は身動きができずに、おでこにキスを落とされてしまう。

「周りの言葉なんか気にしないでいい。なにかあったら俺に言え。とりあえずあいつには牽制できたはずだ」

「朝陽……」

 私たちの交際が大々的に知られてしまったから、AANの取締役でもある朝陽を怒らせることのできる社員なんていないだろう。すでにコーヒーをかけられる嫌がらせはされたけれど、彼に言いたくない。あれは思い出しても惨めだったから。

 私はコクッと頷いた。

「そうだ。相談があるんだ」

 再び歩きながら朝陽は話し始める。

「相談?」

「ああ。先日風邪をひいて休んだだろう? 今度の休日はスタンバイになってしまったんだ。温泉へ行けなくなった」

「うん。それは仕方ないよ」

 ちょっぴり? ううん。すごく残念だけど、それは仕方がないこと。

「その代わりだけど、今年の有給取っていないだろ。オーロラを見にイエローナイフへ行こう」

 私はびっくりして駐車場の出入口で足を止め、朝陽を見つめる。

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