あなたのその声で…
当日。



あたしは「いい」と言ったのに、彼が「これだけはオレにやらせてくれ」と、あたしの実家まで迎えにきた。




あたしと母親が彼の車に乗り込む。





母親は、彼に対して、挨拶すらしなかった。



彼も、母親になんの言葉もかけない。





あたしは、そんな彼を見て、(あたしが、愛してやまなかった人は、これから中絶をさせる女性の母親に対して、お詫びの言葉も言えないほど、常識のない人だったんだ・・・。)


とボンヤリと考えた。



急速に彼への想いが冷めていくのを感じる。


それはきっと、今回のことを話したときの母親の涙を見たせいもあるだろう。







実家から車で10分ほどの場所に、病院はあった。




受付を済ませると、テキパキと看護士さんがあたしの入院の準備を始めた。




悲しむ暇もなく、あたしは着いて早々診察を受ける。




人工的に子宮口を開いて、人工的に陣痛を起こし、出産という形になるらしい。




診察を終え、病室に戻ると、母親の姿だけがそこにあった。







「彼には帰ってもらったから・・。」



「そ・・・。」




それから、しばらくあたしたちの間に会話はなかった。
< 39 / 79 >

この作品をシェア

pagetop