お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》
薄暗い路地に響く鈍い音。
メルを慕っていたダンレッドは、一度もメルを殴った事はなかった。
しかし、この時初めて、ダンレッドはメルを殴った。
それは、決してカッ!としたからではない。友人として、相棒として、大切なメルが腐っていくのを見たくなかったからだ。
後に引けないからといって投げやりになっている。もう遅い、と諦めている。
ダンレッドは、メルにそんな印象を受けたことをどうしても認めたくなかった。あれほど憧れの存在であったメルが、誰よりもカッコよくて頼れる執事が、自暴自棄になっているとは思いたくなかった。
「俺が聞きたいのは、姫になるからとか、執事だからとか、そんなんじゃない!メルとお嬢さんが幸せじゃないなら、そんなの、何の意味もないって言ってんだ…!!」
間髪入れず、メルがダンレッドの胸ぐらを掴んだ。
色味が強まるメルのローズピンクの瞳。
振りあげられた拳に、ダンレッドは抵抗しなかった。目を瞑り、痛みを覚悟する。