お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》
「腕…、ここも切れてる。痛いだろ…?巻き込んでごめんね。」
「いえいえ!俺が勝手について来ただけですから!メルさんの綺麗な顔に傷がつかなくて良かったです。…メルさんこそ、怪我はないですか?」
「うん。ダンが庇ってくれたからね。」
「あははっ!そりゃ、用心棒なら当然……。って、え?」
数秒遅れて違和感に気付いたように、はた、と言葉を止めるダンレッド。
今までのメルなら決して口にしなかった愛称。もう二度と呼ばれることはないのだろうと思っていた。
まん丸な瞳で見上げる彼に、メルはくすり、と微笑む。
「敬語も、そろそろやめれば?そういうの鬱陶しいでしょ。」
静かに堤防から立ち上がり、スタスタと歩き出したメル。
やがて振り返ったその綺麗な横顔が、ダンレッドの瞳に鮮やかに映った。
「帰るよ、“ダン”。」
「…っ!うん!メル!!」
優しく上がった口角。
初めて見せた微笑みに、ダンレッドは八重歯をのぞかせ、子どものような笑みを返したのだった。