お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》
ガチャ、と部屋を出たダンレッド。
微かに聞こえるピアノの音に鼻歌を合わせながら廊下を進む。
と、その時。ウォーレンの執務室の前に佇む長身が目に映った。
(誰だ…?)
モデルのような長い手足。全身黒づくめで、洒落た薄いコートを羽織っている。紺碧の長髪を一つに縛っているが、体格からして男性のようだ。
顔は見えないが、明らかにここの使用人ではない。
「あんた、どちらさま?」
番犬モードの低い声。
執務室の扉をノックしようとしていた彼の手が止まる。
振り返った彼は、思ったよりも歳上だった。三十代半ばだろうか。スッと通った鼻筋と長いまつ毛。見惚れるような色気のある男性が、紺碧の瞳を細めた。
「ん…?随分と鋭い視線だな。君は?」
「俺は、この家の用心棒です。旦那様に何か御用ですか?」
「あぁ。野暮用があってね。そんな警戒するな。ここの旦那とは旧友の仲だ。」
怪しい。
ダンレッドは、じとっ!と男を見つめる。
気怠げで飄々とした彼は、不思議な雰囲気を纏っていた。彼の言動にどこか既視感があるように感じるが、明らかに初対面である。
この屋敷にはメイドに声をかけて入って来たようだが、手ぶらなことから仕事仲間ではないらしい。ウォーレンと接点があるようにも見えない。
不信感を露わにするダンレッドは、上目遣いで男を睨んだ。
「ふぅん…。お兄さんの名前は?」
「はは。名乗るような者ではないよ。」
と、次の瞬間。
ダンレッドの薔薇色の瞳が、鈍く光る。
「確保っ!」