お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》
トタン屋根に雨粒が当たり、パラパラと音を立てる。
休憩所は、まるで時が止まったように静かで、二人だけが世界に取り残されたように思えた。
「そんなことないわ。…ありがとう、ダンレッド。」
にこりと微笑んだルシア。
ベンチに腰掛けた二人は、黙って雨の音を聞いている。
「私たち、ちょっと無防だったわね。少し考えれば、馬車を呼んだり出来たのに。」
「んー、確かに。お嬢さんはともかく、俺はメルがいないとダメダメだよ。考えるよりも先に体が動いちゃうから。」
「ふふっ、私もよ。家を出た時から雲行きが怪しかったのに、気にも留めなかったわ。」
笑い合う二人。
街を包んだ雨雲は、月を隠すほど分厚かった。切れかけの街灯が、弱々しく休憩所を照らしている。
雨如きで足止めされるほど無力な自分が悔しい。
トントン、とかかとを上げ下げしたルシアは、自嘲気味に口角を上げて呟いた。
「行かないで、って素直に言えばよかった。メルにわがままだと思われるのが嫌で、物分かりのいいフリをしちゃった。ほんとは、断るって言ってくれて嬉しかったのに。」