お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》
隣から、小さなルシアの息遣いが聞こえた。
無意識に漏れたような声に、ダンレッドは視線を向ける。
すると、視界に映ったのはこちらに駆け寄ってくる一人の影。それは、黒い燕尾服を纏っていた。やがて夜の闇の中から現れ、弱々しい街灯に照らされた彼の姿に、ダンレッドの声が上擦る。
「メル!?」
嘘だ。
信じられない。
ルーゼント家のパーティーに参加しているはずの彼が、ここにいるなんてあり得ない。
しかし、休憩所で雨を凌ぐ二人の前で立ち止まったのは、紛れもなくメルだった。彼の服は雨と泥に塗れ、グレージュの髪もびしょびしょに濡れている。
目が合った瞬間、メルは小さく呼吸を溢した。
こちらを見るなり、がくん、と倒れ込み膝をついたメルに、ルシアが慌てて駆け寄る。
「メル、大丈夫!?どうしてここに…」
その時。トン、と、メルがルシアの肩に触れた。
存在を確かめるように優しく撫でるその手に、ルシアは息を止める。
「こら…!」
聞いたこともない低く強い声。メルのローズピンクの瞳が、まっすぐ彼女を映した。
「とっくに日が暮れているというのに、連絡も無しに何してるんです…!このお馬鹿さん!」